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第20球

内野がマウンドに集まって作戦を立てているのを俺は外野から眺めていた。

「俺は逃げも隠れもせん!全球ド真ん中だ!ガンガン打たすんで後はよろしく!」

「なにぃ〜〜!」

打ち合わせってグラブを口に当ててこっそりやるものだよな…外野まで聞こえてきてるぞ…

「大声で打ち合わせしやがって…。全球ど真ん中だと?(これがブラフじゃなきゃイカレてやがるぞコイツ)」

この打線相手に全球ど真ん中って凄い度胸だな。バックを信じているからこそ打たせることが怖くないのか?…なんかかっこいいな、それ。

「なめるなぁ!」

宣言通りど真ん中に放られたボールを先輩は初球から打って来た。それは綺麗な放物線を描いてレフトのグラブに収まる。続く打者には強烈な当たりを打たれたがサードの正面だったためアウトになった。あっという間に2アウトだ。

どうやら流れは完全にこっちにあるらしい。先輩たちがどんどん打ちに来てくれるからテンポも良いし、沢村の打球の本質に気付いていないから少しずつ芯をズラされていてヒットも打てていない。

「…っ」

三人目はショートゴロに打ち取ったかのように見えたが、ショートはスイングの速さに騙されてかなり下がってしまっていた。あーこれは厳しいなあ、なんて思いながら見ていたら春市がすかさずカバーに入りアウトになる。春市の守備範囲めちゃくちゃ広いな…!

「うおお〜すげぇ!何か今くるんってなったぞ!」

「まじかよ!俺達が3年を0点に抑えた!?」

「春市ナイス!」

「…うん」

ベンチに戻る途中、春市の肩を叩きながらそう言うと春市は照れたように笑った。

「おっしゃあ!試合はまだ終わっちゃいねェ、まずは塁に出ようぜ!」

「おー!」

「だからテメェが仕切んな!てゆーかお前も何素直に従ってんだよ!」

「……えっ、俺?」

「お前以外にいねーだろ!」

「………っ」

「悠君ドンマイ」

怒られたことは解せないが序盤に比べて声も出てるしチームが盛り上がるのは良いことだ。この試合を機に同学年の絆を深められたらいいな…

そんなことを考えながら何気なく先輩たちの方に目を遣ると、降谷がこっちを見ていることに気がついた。目が合ったから笑いかけるとなぜかそっぽを向かれてしまう。悲しい。

「沢村ちゃん…」

攻撃が終わり守備につく為にグラウンドに入ると、大柄な先輩が沢村に声を掛けているのを目撃した。この人最初の練習の時に沢村と一緒にグラウンドを走らされてた同室の上級生…だよな。多分。

「俺は絶対レギュラーに返り咲くぞ!全力で来い!」

「は…はいっ」

「(おー!同室対決だ!)」

初球。ど真ん中のストレートをキャッチャーが弾いたのを見て先輩はすかさずバットを短く持ち直し、バッターボックスの1番前に立った。この人沢村の球質に気付いてるんだ。

「(ここが正念場…か)」

「(この緊張感…たまんねェ!)」

続いて先輩はネットを破壊するような強烈な打球を放つ。 ファールだけど、あれは反則だろう。どんな生活を送ればあんなパワーが身に付くんだ。

「っおおおぉおらあ!」

沢村が投げたのは逃げも隠れもしないど真ん中のストレート。空振れば3振だけど…現実はそう甘くない。渾身の1球はミットに収まる事なくバックネットに直撃した。

「(ポイントがあと少しズレていたら打ち取られていたのは俺の方だった。気迫のこもったいい球だったぞ)」

「はっ、完璧に力負けだな!こりゃああのピッチャーもダメージでけぇだろ!」

「(か…完璧に打たれた?自分の全てをぶつけた勝負球が…。これが力と力の勝負…?これが全国トップクラスの高校野球…すげっ!もっと投げたい…もっともっと…!)」

微動だにしないけどまさか落ち込んでんのかな。こんなとき外野ってもどかしい。内野ならすぐ肩叩きにいけるのに…。

「…っしゃあ気ィ取り直していくぞ〜〜!」

凹んでいるのかと思ったがどうやら杞憂だったようだ。打たれた後も楽しそうに投げ続ける沢村を見て思わず微笑んだ。ピンチでもこーやって笑える沢村はエースの器を持っているのかもしれないな。




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