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第17球

2回表を終えたところで投手と外野の入れ替えが行われた。今日の俺は遊撃手だ。中学時代も色んなポジションに入っていたが、高校でもそんな感じになるのだろうか。一応、外野希望なんだけどなぁ…

「俺?俺?」

「(すげーアピールだな)」

「…フン。いいだろう!お前も守備につけ」

「おぉぉおお!?キタァ〜!ついにこの時がぁ〜!監督様、あなたの英断に感謝!この私!必ずや期待に応えてみせます!」

試合参加を許された沢村は号泣しながらマウンドまで走って行った。しかしその直後「投手ではなく外野の守備につけ」と言われてしまいテンションがみるみる下がっていく。

そんな沢村の元へ早速フライが上がった。まあ只の外野フライだし流石にこれは捕れるだろ。…なんて安心しきった俺がバカだった。沢村は見事にバンザイを決め名誉挽回の送球はムービングのせいで途中で曲がってしまい3塁へ走っている先輩の背中に直撃したのだ。

「…ははっ」

わざとでないことはわかっている。あと笑っちゃいけないってことも。だけど冗談みたいな光景に笑いが堪えきれなくて、グラブで顔を隠して小さく笑った。

しかしどうやら奇想天外な沢村に和んでいるのは俺だけみたいで、そのあとチームの雰囲気は益々悪化し、この回も先輩たちの打線は爆発した。

「ショート!」

「……っ」

どうにか雰囲気を改善しなきゃ…なんて余計なことを考えていたらこっちにボールが飛んできた。間近で見た先輩の打球は今まで見たことがないくらい速くて全く反応出来なかった。

「ショートってさっきセーフティ打ったヤツだろ?打撃は出来ても守備はダメなんだな」

「まあ1年だったらこんなもんだろ」

「………」

「(ありゃ相当ショック受けてんな)」

やっぱり中学とは全然レベルが違うんだな。だけど…そうこなくっちゃ!中学と同じレベルじゃわざわざ遠くまで来た意味がない。とにかく次は絶対捕る!

「(…って笑ってるし)」

「(悠君楽しそうだなぁ)」

それから色んな所に飛ぶ打球を目で追うことで、打球の速さに徐々に目を慣らしていく。暫くするとさっきと全く同じような位置に打球が飛んで来た。素早く左に飛んで捕球し一塁に投げる。

「(よし捕れた!)」

これでようやく1アウト。その後は中々アウトが取れず、降谷が登板することになったときには既に点差は21点に広がっていた。

降谷のコンディションは大丈夫なんだろうか。欠伸はするしキャッチボールもまともに出来てないし、このまま投げたら肩を壊しかねない。

「(アイツ…こんなスゲェ打線相手にどんなピッチングするんだよ)」

降谷は注目を一身に浴びている事なんて気にもせずいつものようにゆっくりと振りかぶって、投げた。

降谷のボールは砂塵を巻き上げミットの上をすり抜けて監督に直撃する。

「大丈夫ですか監督!」

「(うわー絶対痛いよ)」

「…合格だ降谷。明日から1軍の練習に参加しろ!」

「え?」

「えっ」

「(もう終わり?)」

監督の思わぬ発言に周りが唖然とする中、当の本人は状況を理解していないのか不思議そうに監督を見ていた。

「ちょっと待って下さい監督!コイツまだ1球しか投げてないんですよ。3回…いや2回あれば攻略してみせますから!」

「続けさせてやりたいが…コイツの球を受けられる捕手は1年にいなそうなんでな」

監督の言葉に内心ギクっとした。俺コイツの球受けた事あるんだよなあ…でも悪目立ちしたくないししらばっくれよう…そんな俺の決意など知らない降谷がこちらへ向かってくる。

「僕の球受けられるよね」

「え…う、うーん…でもこれ試合だぜ?俺組み立てとかわかんねーし…」

「大丈夫。組み立てても構えたとこ行かないし」

「いやいやいや。それは投手として大丈夫じゃねーよ」

やりたくないよオーラを出したつもりだったが降谷には全く通じない。やんわりと拒む俺を無視して監督に話をつけにいってしまった。

「…監督」

「どうした降谷」

「僕の球…氷上なら受けられます。前に受けて貰いました」

「なに…?」

監督と降谷、そして先輩たちが一斉に俺の方を見る。はぁ…もう逃げらんねーな…腹括るか。あんなに投げたがっていた降谷に1球でやめろなんて酷な話だしな。

「氷上。どうなんだ?」

「受けられます。俺に受けさせてください」

「いいだろう!但しこの回だけだ。次からは他の投手に投げてもらう。…それでいいな?」

「「はい」」

試合が始まる前はこんな展開になるなんて思ってもいなかった。防具をつけながら出そうになる溜息を必死に抑える。

「適当に構えるから投げたいとこ投げろよ」

「うん。よろしく」

一球目。とりあえず真ん中に構えてみたけど、降谷の球はかなり高めに行った。先輩が振ってくれたからストライクになったけど振らなきゃボールだ。

「平然と取ってるな…何者だあいつ…」

「さっきまでショートやってたやつだろ?やっぱり今年の1年は面白いな!」

結局降谷は夕飯の時の宣言通り誰にも打たれることなく出番を終えた。有言実行とはまさにこの事だなと思った。

「降谷ナイピ!1軍昇格おめでと」

「…うん。キミも早く上がれるといいね」

ベンチに戻る降谷の肩を叩きながら言うと真顔でそう返された。思わず苦笑いを浮かべる。

「お前なぁ…まだまだ先だって。俺たち入ったばっかなんだからさ」

「でもこの回は悠君も大活躍だったよね!」

「え!マジで?」

「うん!凄かったよ!」

褒められるのは素直に嬉しい。ベンチでゲームやるのはどうかと思うけどお前なら全然いいよ。俺が許す!

「(氷上悠…か。才能の塊だな…)」

そのあと降谷のピッチングの影響で先輩たちの勢いが止まった。迎えた5回表。沢村に打順が回って来る。さあ、今度は何をやらかしてくれんのかな。




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