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第10球

降谷との自主練を終え誰も居ない部屋でゆっくりしていた俺はふとこっちに来てから親に何の連絡もしていないことを思い出した。

早速携帯を取り出して家に電話を掛ける。携帯を触るのが二日振りだったからメールや電話がいっぱい来ていて少し焦った。

〈もしもーし〉

「……っ」

〈あれ?お母さーん!なんか無言電話掛かって来たんだけど切って良い?〉

「……」

〈すみませーん!切らせて貰いまーす〉

電話が切れたのを確認して大きく息を吐く。あ…危なかった。今の声は確実に姉ちゃんだった。姉ちゃんと話すと中々切らせて貰えねーからな。居ない時に掛け直そう。てゆーか姉ちゃん何回俺に電話かけてんの!?着信履歴が凄いことになってんだけど!怖えーよ!

「…はぁ」

「おいおい…先輩が帰って来た瞬間に溜息つくんじゃねーよ」

俺が溜息をついたのと同時に眼鏡が試合から帰って来た。

「試合お疲れ様です。どうでした?」

「勿論勝ったぜ!これで春の大会ベスト16だ」

「おめでとうございます。勝って良かったですね」

「まあな。お前も次は応援来いよ。打ちたいのもわかるけど試合見るのだって色々勉強になるんだからさ」

「…次は行きます。なんか…先輩ってたまに凄くちゃんとしたこと言いますよね」

「はっはっは!たまには余計だけどな!」

「(逆にそっちが重要なんだよ)」

「で?お前の方はどうだったんだ?」

「は?」

「何かあったんだろ?朝と全然顔違げーし。沢村の事ようやく吹っ切れたのか?」

余りにも的確な指摘にこの眼鏡は実はエスパーなんじゃないかってちょっと本気で思ってしまった。

「…沢村のことは吹っ切れたっていうか…俺があれこれ考えても無駄。結局全部沢村次第なんだって事に気付きました」

「ははっ、今更だな!」

こいつ人が真剣に考えて出した答えを笑い飛ばしやがった!信じらんねえ!絶対性格悪いよ!

「お前さ。優しいのは良いことだけど、他人の事ばっか気にして自分の事を疎かにすんなよ?昨日の能力テストだってずっと上の空だっただろ」

「!」

確かにあの時は監督の判断に納得がいかなくて、その事ばかり考えていたから全然思うような結果が出せなかった。

「お前アレでチャンス1回無駄にしてんだからな。チャンスなんて次いつ来るかわかんねーんだぞ。みんな死に物狂いなんだ。お前も頑張んねーとあっという間に置いてかれちまうからな」

「……っ」

認めたくないけれど眼鏡の言う通りだ。この部活には100人くらいの部員が居て、そんな大人数でたった9つのポジションを巡って争ってんだもんな。

「ま、そんなシュンとすんなよ。まだまだチャンスはあるんだからさ」

「シュンとなんてしてません」

そう言って立ち上がり、バットを持って玄関に向かった。落ち込んではいないけど、遅れてしまった分はしっかり取り戻しておかないと。

「お前どっか行くの?」

「自主練しようと思って」

「はあ!?お前今何時だと思ってんだよ!つーか今日散々やったんだろ?!」

「行ってきます」

「あ、おい…待」

先輩が何か言いかけていたけど無視してドアを閉めた。

「…ははっ、あいつ中身だけ見れば立派な男なんだけどなー」

人の心配をして自分のことが疎かになるのは俺にまだまだ力が足り無いからだ。だから俺は他人の心配が出来るくらい強くなる。この事を目標にしてこれから頑張ろうと思った。…性格の方は今更変えようがないし。

翌日。朝練の時間通りにグラウンドに行くと既に半分以上の人が集まっていた。

「氷上、あれ」

「は?……あっ」

「どうやらあいつも吹っ切れたみたいだな」

「…良かった」

1人グラウンドを走る沢村を見て安心した。言い方は悪いけどどうやら沢村も開き直ってくれたらしい。

「(監督の信頼を取り戻すのは難しいだろうけど頑張れよ、沢村)」

そうこうしている内に監督が来て皆を集合させた。そして今日は入学式だから軽めに切り上げるという話を聞いて、それから練習に移った。

入学式かー。そういえば俺って誰と同じクラスなんだろう?クラス表が少し前に届いたけどどうせ知らないやつばっかだから自分の名前だけ確認して捨てたんだよな…。

誰か知ってるやつがいると良いけど…でもまだ沢村と降谷しか知らないから厳しいだろうな。もう少し友達作っときゃ良かった。

「…はぁ」

「また悩み事?」

「あ、降谷。…って俺がいつも悩んでるみたいな言い方すんなよ」

「僕と会うときはいつも悩んでんじゃん。…隣座っていい?」

「…どーぞ」

朝練を終えて1人で朝食を摂っていると昨日知り合ったばかりの降谷が相変わらずの無表情で話しかけて来た。

「今日から学校だな。降谷と同じクラスだといいけど」

「…僕たち同じクラスだよ」

「え?マジで?」

「うん。前に貰ったクラス表に氷上の名前も書いてあった」

「なんだ良かった!そんじゃ改めて宜しくな!」

笑ってそう言えば、降谷もコクンと頷いた。それからお互い黙ってメシを食べ進める。次に会話が成立したのは俺がようやく1杯目を食べ終えたのとほぼ同じタイミングだった。

「…あ、そうだ。午後練終わったらキャッチボールしようよ」

「随分唐突だな…!お前肩暖まったら本気で投げそうだから嫌だ」

「(ガーン!)」

降谷は相当ガッカリしたのかピシっと固まってしまった。…ていうかやっぱりそのつもりだったんだな。昨日あんだけ投げといてまだ投げ足りねーのかよ。

「もう少ししたら正式な捕手に受けて貰えるんだからそんときまで投げ溜めとけよ」

「ケチ」

「誰がケチだコラ」

「お前ら早く食わねーと入学式遅刻すんぞ」

親切な同級生に注意され俺たちは慌てて残りのメシを食べ進めていった。結局入学式に遅刻することはなかったが本当にギリギリだった。はぁ…これから大丈夫かな。




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