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第7球

今日の朝練は部活の説明やランニングがほとんどで、本格的な練習は朝食の後から始めるらしい。

何やるんだろう。何でも良いからとにかく早く打ちたい…けどとりあえず今は朝食だ。食堂は野球部の膨大な部員が全て収まる規模だと遼ちゃんから聞いていたが、その言葉通りかなり広かった。

「(どこ座ろう…)」

指定席だったら楽で良いのに…。そんなことを考えながら空いている席を探す。食堂を見渡すと奥の方に空いている席を見つけた。

「隣座って良いですか?」

「あ、おう。…ってあれ?お前どっかで会ったことねえか?」

「え?…あっ沢村じゃん。久しぶり!会った事あるよ。お前が東さんと一打席勝負した時に審判やってたの俺!」

「ああ!あの時の女みてーな審判ってお前だったのか!」

「女みたいは余計だ!俺は氷上悠。これから宜しく」

「おう!俺は沢村栄純!いずれは青道のエースになる男だ!はっはっはー」

そう言って沢村は朗らかに笑った。一体その自信はどこから来るんだろう。だけど前向きなのは良いことか。

「じゃあ俺はいずれ青道のレギュラーになる男って事で」

「はっはっは!いきなりレギュラー発言かよ!沢村もだけどお前も随分大物だな!」

「!」

沢村に釣られるようにしてそう言うと、沢村の隣から御幸先輩が顔を覗かせた。…最悪だ。頼むから今の発言は早急に忘れてくれ。

「それよりお前たち早く飯食えよ。しっかり食わねェと午後からの練習体がもたねェぞ」

御幸先輩が珍しく先輩らしい助言をしてくれたから、俺は素直にそれに従った。

沢村もそれに従ってメシを食べ始める。しかし一口食べただけでその後は全く箸をつけない…というか微動だにしなくなってしまった。

「沢村?……っ」

そして俺が声を掛けるのと同時に沢村の口がパン!と膨らんだ。まさかこいつここで戻す気か?!

「オイ!沢村大丈夫か?!」

「ここで吐くなよ!吐くなら外で!」

「やめろ〜!」

沢村は慌ててどこかに走っていってしまった。まあ…あれだけ走った後いきなりご飯なんか食えないよな。でもこの人はけろっとしてんだよなあ。

「御幸先輩って意外と凄いんですね」

「なんで?」

「あれだけ走らされてたのに普通に食べてるじゃないですか」

「ああ。まあ普段の練習の方が断然キツいしな」

「………」

「つーかお前、早く食わねェと練習始まっちまうぞ」

時計を見るとまだ大分余裕があった。ガサツな人なのかと思ってたけど結構心配性なんだろうか。

「大丈夫ですよ。もうすぐ食べ終わりますから」

「それ何杯目?」

「1杯目ですけど」

「…お前知らねーの?」

「え?」

キョトンとする俺に御幸先輩は溜息を吐きながら、ある一点を指さした。嫌な予感はしたけど見ないわけにはいかないのでそちらに目を遣る。

〈必ず3杯以上食べる事!〉

その注意書きを見た瞬間、サーっと血の気が引いていくのがわかった。目を擦ってもう一度見てみたが内容は全く変わらない。

「そうゆうことだから、早く食わねーと間に合わねェぞ」

「いやいやいや。これを3杯食えって?絶対無理!」

普通の茶碗でもキツいのに、ここの器はよりによってドンブリ。しかも1杯の量が茶碗2杯分くらいある。ドンブリ3杯ってことは茶碗6杯分だろ?…ありえない。

「何言ってんだよ。男だったらこんくらい余裕だろ?…あ、悪ィ。お前本当は女なんだっけ?」

御幸先輩はそう言ってニッと意地悪げに笑った。普段なら先輩に向かってタメ口なんて絶対に利かない。だけどこうやって挑発されるとどうしても堪えきれなくてついタメ口を利いてしまう。

「だから!俺は男だっつってんだろ!見てろよ…こんなんすぐに平らげてやるからな!」

「(こいつも単純だなあ)」

途中2回ほど戻しそうになったけど何とか堪えて白米を食べ終えた。残すはおかずのみ。戻って来た沢村も同じく吐きそうになりながら食べ進めていく。

「……もうダメだ!頼む氷上…手伝ってくれ!」

「無理に決まってんだろ!俺だってまだ食べ終わってねーんだし」

「つーか何でお前そんな苦戦してんだよ!あんま運動してねーのに!」

「俺は少食なんだよ!というわけで俺のおかずやる」

「うわ!やめろ〜〜!」

「お前らうるさい。俺もう行くけどお前らホントに大丈夫?練習遅れんなよ」

結局俺たちがメシを食べ終える頃には食堂には誰も居なくなっていた。




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