日常 | ナノ
鴨と玩具と子ども
(本編74話番外編です)
いつものように働いていると、突然店内に子どもが駆け込んできて、そのままの勢いで私にしがみついた。何故かギャン泣きしていて声をかけても泣くばかりで答えてくれず、どうしたらいいかわからなくて私まで泣きたくなってきた。
このままじゃ埒があかないので、一か八かで近くにあったいちごみるくを渡して「どうか…落ち着いて」と背中をさすってみる。
「…これ好き」
作戦が功を奏し、子どもはいちごみるくに食いついてくれた。神楽ちゃんくらいまで育っていればいいけど、それより小さい子どもの扱いは全くわからない。
「えーと…君、どうしたの?」
「これっ!壊れちゃったの!」
差し出されたのは謎のおもちゃ。受け取るまで引かない強い意思を感じたので渋々受け取る。
「ん、んん…そうなの…?困ったね…」
「お姉ちゃん直してよ〜!!!!」
「え…えー…あー…で、できるかな…」
「できないの…っ?直らないの…っ?」
再び子どもの目に涙がじわっと浮かび、慌てて背中をさする。これ、断ったらまた号泣されるんだろうなぁ…はぁ…仕方ない…
「…う、うーん…うん、頑張ってみるね」
そもそもこれ何のおもちゃなんだろう。よく子どもたちが遊んでいるのを見かけるけど、自分は遊んだことないし直し方もさっぱりわからない。
とりあえず一度少年には帰ってもらって、夕方くらいにまた取りに来るように伝えた。
レジが空いているときはおもちゃを直すことに尽力してみたがどうも上手くいかず、そろそろ夕方になりそうで、少年の泣き顔を思い出して顔を覆った。また目の前で泣かれるのか…嫌だ…。
「そろそろレジに入ってもらいたいのだが…」
「…あっ、すみません。お待たせいたしました」
気がついたら目の前にお客さんがいて、少し苛立ったように眼鏡を押し上げていたので、慌ててレジ打ちを始めた。
このコンビニは真選組の方がよく来店してくるけど、このお兄さんはここ最近やけに頻度が高くて一方的に顔馴染みになっている。
高級そうな雰囲気を纏っているので、コンビ二にいると微妙に違和感がある。珈琲ともう一品くらいしか買っていかないので小腹を満たすために使っているのだろう。
「それ…壊れているのか?」
そういえば最近、来店する隊士の顔触れが変わった気がする。持ち場とか定期的に変わるのかな?と色々考えながらレジを打っていたら、低い声が降ってきて弾かれたように顔を上げる。普段この人と会話をすることはないので驚いた。
お兄さんの視線はレジ横に置いたままにしていたおもちゃに向けられている。
「そうみたいです。さっき男の子が泣きながら直してくれって持ってきて…お兄さん、わかりますか?」
こういうのは男の人の方が詳しいのかもしれない。そう思っておもちゃを差し出すと、お兄さんは「どれ…」と呟きながらそれを受け取った。
「これは…ここを接着剤でつけて、この部分を少し補強すれば良いだけじゃないか?そう複雑ではないと思うが」
こんなものも直せないのか…と言わんばかりの視線を向けられて、うっ…と言葉に詰まる。しかし行動はとても親切なので、若干感じる嫌味の部分は聞かなかったことにしよう。
「教えてくれてありがとうございます。ここを接着剤でとめて」
「待て待て!そこを留めてしまったら飛ばなくなるだろう!」
接着剤を持ち出して先ほど教授されたところをとめようとすると、本気の制止が入る。
「はぁ…ではどこを…?ここですか?」
「…接着剤を貸してくれ。僕がやる」
お兄さんは呆れたように息を吐き、眼鏡を中指で押し上げると、接着剤を手に取って、おもちゃを直し始めてくれた。
「ほら、これで大丈夫だろう」
お兄さんは5分もしないで完成させると、諸々のやりとりの間にすっかり冷めてしまった珈琲に口をつけた。
「それ淹れ直します。代金も頂かないので」
「…?別にこれくらいのことで僕に恩を感じなくていい。大したことはしていない」
いやいや…私がそれに何時間悩まされたと思っているんだ…という言葉は呆れられそうなので飲み込んだ。とにかく、私はとても困っていたんだ。
「そんなことありません。声をかけてもらってすごく助かりました。ありがとうございました」
珈琲とその辺りにあったテキトーな物品をビニールに詰めて割と強引に手渡すと、お兄さんは困ったように視線を揺らした。
「要らなかったら隊士の方々で分けてください」
「君…結構押しが強いな…」
私は口が達者な方ではないので、良くないとは思いつつも感謝の気持ちを物で表そうとしてしまう。押しが強いは初めて言われたけども。
「おねーさん!直ったーー?!」
タイミングよく先ほどの子が来店してきたので直ったおもちゃを渡すと飛び上がって喜んでくれた。
とはいえ私が感謝されることでもないので、すでに帰ろうとしているお兄さんを指差して、あの人が全部直してくれたと伝えると、子どもは元気よくお兄さんの方に駆けて行き、そのまま飛び付いた。
お客さんが来たのでレジ対応に入った私にお兄さんは何か言いたげな視線を向けていたが、客足が途絶えそうにないのを見ると諦めて帰っていった。はー、無事に直ってよかった。
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