日常 | ナノ

親友になりました

(本編82話の番外編です)


なんだか宇宙の花の元気がない気がして、休みを利用してヘドロさんのお店に伺った。ヘドロさんに今の花の状況を伝えると「水をやり過ぎかもしれませんね」と返ってくる。どうやらあの星はここよりも暑くて乾燥しているため、花自体があまり水分を必要としないらしい。

「土を地球に合わせて改良したので水は普通の草花と同じでいいと思っていましたが…一言伝えるべきでしたね。申し訳ありません」

ヘドロさんに深々と頭を下げられてしまって慌てて「頭をあげてください」と頭を下げる。そんな私を見てヘドロさんは「ああ、頭をあげてください」とさらに頭を下げて、お互いの不思議な状況に気がついた私たちは同時に頭をあげて、少しだけ笑った。

「ああ、そうだ。あの花に合わせて肥料を作ってみたんです。まだ試作品ですが、よかったら…」

「いいんですか?ありがとうございます。おいくらですか?」

肥料を受け取って財布を出すとヘドロさんはそれをやんわり制し「いただけません。試作品ですから」と困ったような顔で笑った。この人、優しすぎやしないか?こんなにサービスばかりしていて経営は成り立つのだろうか。こんなに素敵なお店なのにいつ来てもお客さんはいないし、心配になってしまう。少しでも力になれるよう、次は花束でも買いに来よう。

そう決意して、ヘドロさんのお店を出たところでばったり沖田に出くわした。隣には極上の美女を連れている。彼女か?性格に難があっても顔がいいとこんなに綺麗な人と付き合えるんだな。いやもしかしたら鬼の沖田も本命には優しいのかもしれない。

目が合うと、沖田は整った顔を歪めて視線を逸らした。鉢合わせただけなのに失礼すぎない?別に声をかける理由もないし、相手もそれを望んでいそうだったから挨拶もせずに横を通り過ぎる。

「…なぁ、那津……」

しかし少し歩いたところで地を這うような声で名前を呼ばれ、振り返ろうとすると腕を強く掴まれた。

「ちょいと…顔…貸してくれやせんか」

苦虫を噛み潰したような顔で言われてムッとする。本当は誘いたくないという気持ちが透けて見える。すぐにでも肥料をあげたいしここは断らせてもらおう。そう思って沖田を見ると断られることが分かったのか「頼む」と頭を下げられて、度肝を抜かれた。うそでしょ?沖田が?わたしに?頭を下げた?!

「わかりました」

そんな彼を見て断れるわけがなかった。

「…これから見ることは全部忘れろ」

「それが頼む側の台詞ですか!?」

「お望みなら直々に忘れさせてやらァ」

「あ、自力で忘れますのでご心配なく」

理不尽すぎる彼の言葉に何で私が付き合う側なのにボコられる宣言されなきゃいけないの?やっぱり断ればよかった!と後悔する。この人とは本当に反りが合わない。

しかし今更断れないので沖田に連れられるがまま歩いていると、沖田は先ほどの美人に大きく手を振って「姉上ー!お待たせしてすみませんでした」と聞いたことがない標準語を話す。お姉様だったのか。美形の遺伝子、すごい。

「そちらの方は?」

「先ほど話してた2人目の親友です!」

見たことないような笑顔で、親友と紹介された私は数秒の沈黙のあと「はあ!?」とバカでかい声を出してしまった。いやもうツッコミどころが多すぎてどこからいけばいいかわからない。あなただれ。わたしもだれ。親友ってなんだっけ。

「そーちゃん、やっと同年代のお友達ができたのね!うれしい!私はミツバと申します。あなたのお名前は?あっねえもしよかったら少しだけお話できないかしら?辛いものでも食べながら」

花のような笑顔を向けられて、なんだか照れてしまう。沖田に「オイ、姉上が名前聞いてんだろ。言え」と耳元でこっそり言われて慌てて「夕崎那津です」と自己紹介をする。

「沖田、…あ、いや沖田くんとは…えーと…親友…なんでしたっけ…?」

「こいつちょっと照れ屋なんですぐ僕に確認取ろうとするんです。親友って言え」

最後の一言はお姉さんには聞こえないように囁かれる。なんなのこれぇぇ!

お姉さんの提案を受けて近くのご飯屋さんに入ることになり更に続く謎の試練。お姉さんと沖田が別々の席に座ってしまい、悩んだ末にお姉さんの隣に座ろうとすると沖田に腕を引かれて微笑まれる。そうだよね。これからも色々指示を飛ばすんだし隣にいないとだよね。察して隣に座る私。帰りたい。

「ふふ、女の子を交えた食事なんて久しぶり。私たちは少し前にパフェを食べたから飲み物だけでいいわ。那津ちゃんは好きなもの食べてね」

ニコニコしているお姉さんを見て、この空気を悪くしないように頑張ろうと心を入れ替える。優しくて上品な沖田のお姉さんは見た目はきれいで中身はかわいいとても素敵な人だった。

お姉さんがお手洗いで席を立った隙に「お姉さん素敵な人ですね」と沖田に伝えておく。すると沖田から返ってきたのは「…今日は悪かった」という謝罪の言葉で思わず「謝れるんですね!?」と返してしまって間髪入れずに頭を叩かれる。と言っても相当加減してくれてるのかまったく痛くなかった。

「……姉上はいつも俺の心配ばかりで自分のことは後回しにしちまうんだ。今は俺に同年代の友達がいないことが気になって仕方ないらしい」

「えっ…友達いないんですか?」

「うっせ。ンなもんいらねーだろィ。姉上に聞かれて慌ててお前の名前出しちまった。したらお前に会いにコンビニまで行くって言われて…」

沖田とこんなに長話をしたのは初めてかもしれない。私に負い目があるのかこうなった経緯を丁寧に話す沖田をちょっと見直した。

私とすれ違ったときに私に「友達を演じてくれ」と頭を下げるのが嫌で知らぬふりをしようとしたらしいけどやっぱりお姉さんの喜ぶ顔が見たくて嫌々ながらも声をかけたんだそうだ。

「姉上は、肺を患ってる。…これ以上余計な心配かけたくねェ。今だけでいいから、友達演じてくれ」

「……はい。親友になりましょう」

「仕方ねぇからなってやらァ」

「私がお願いしてるみたいな言い方!」

やっぱりソリは合わないけれど、沖田のお姉さんを思う気持ちは本物だ。その優しい一面に免じて、今日だけは全力で親友を演じよう。

ご飯を食べ終えお開きの空気が流れる頃お姉さんに「少しだけ那津ちゃんと2人でお話ししてもいいかしら?」と言われて思わず身構えた。「あ、はい!僕は先に出てますね」とにっこり笑う沖田。「ヘマすんなよ」という副音声が聞こえてきてさらに気を引き締める私。

「那津ちゃん、今日はそーちゃんに付き合ってくれてありがとう」

その一言で、私と彼の偽の関係はお姉さんにはバレているのではないかと不安になる。

「あの子、我儘で頑固で負けず嫌いだからあなたにたくさん迷惑かけてない?私のせいなの。幼くして両親を亡くしたあの子に寂しい思いをさせないように甘やかして育てたから……」

ああ、そうか。このお姉さんが沖田の育て親なんだ。本当にたくさんの愛情を向けて育てたんだろうな。だから沖田は今でもお姉さんのことをすごく慕っているんだ。

「たしかに沖田くんには振り回されてばかりですが彼に助けられることや気付かされることもあります。それに私普段はあんまり感情の起伏ないんですけど、沖田くんといるとなんとなくいつもより感情が出る気がするので多分これはいいことです」

なんだそれ。ごめん、沖田。これは確実にヘマをした。なんのフォローにもなっていないし親友に向ける言葉でもない。

「…ふふ、ありがとう。そーちゃんね、年上の人とばかり一緒にいたから同年代の子との付き合いが上手じゃないの。失敗することも多いと思うけど、よかったら…友達になってあげて」

「えっっ」

ああああごめん沖田やっぱり全部バレてる〜!!!

お姉さんに心配かけたくないっていう沖田の優しい気持ちは無駄にしたくない。だけど中途半端な嘘は聡いお姉さんには見抜かれてしまうだろう。私は今の気持ちを正直に伝えるしかなかった。

「…なんでか、赤の他人のはずなのに沖田とは妙によく会うんです。友達なのか他人なのか私も彼もよくわかってないんですけど、少なくとも関係が切れることはないと思うので、いつか友達…になれるよう…お互い精進します…」

ツボを買わせるためにたぶらかそうとしているのだと思う時もあるのだけど、今の話を聞いていたら彼にそんな意図はなくただ人との関係を作ることに慣れていないだけなのかもしれないと思えてきた。

私も慣れていないから人間関係に不慣れな人同士が友達になれるのか不安は尽きないけど、頑張ってみよう。

「沖田、って呼んでるのね」

「あ!ごめんなさい、つい」

「いいのよ。あの子、女の子には怖がられてるんじゃないかと思ってたから安心しちゃった。ありがとう。これからもそーちゃんをよろしくね」

お姉さんは懐からお煎餅を取り出して「家族で食べて」と微笑んだ。本当に嬉しそうで、お互いを想い合っているこの姉弟の関係は素敵だなと改めて思った。

「また会いましょう」

「姉上、荷物持ちますよ」

「今日はありがとうございました」

「あ、那津」

幸せな気持ちで踵を返すと、沖田が側に駆けてくる。歩み寄ろうと決めたばかりなのできちんと足を止めて彼に向き合った。

「棒演技ご苦労様。じゃーな」

「……はあ!?」

友達に、なれるのか………?


×
- ナノ -