日常 | ナノ

王子の人助け

(本編73話の番外編です)


今日は朝から父に「酷い目に遭うからコンビニには行くな」と言われていた。父の予言は大体当たるし、私自身も嫌な予感がしていたので、できることなら出勤したくなかったけど、こういうときに限って中島くんと2人でまわさないといけないシフトだったので、休むわけにもいかずに渋々出勤したら、コンビニ強盗に遭ってしまった。

かなり前から不審な人たちがコンビニに出入りしていたので近々何か嫌なことがある気はしていたけど、まさかこんなに大規模な事件に繋がるなんて。

「大人しくしてろ。抵抗したら殺す」

不審者たちは来店するとまっすぐレジに向かってきて、私たちの額に銃口を突きつけて低い声でそう言った。

「もうだめだ…死ぬんだ…」

銃口を突きつけられた後、中島くんとともに縛られて店の端に座らされた。中島くんは涙目になってそう呟いていたが、私は恐怖を通り越して悟りを開きつつあった。

無の境地でレジの中のお金や金庫の中のお金が回収されていく様を眺めていると不審者たちの「あいつらどのタイミングで殺す?」という怖すぎる会話が耳に入ってくる。

中島くんがゴクリと唾を飲み込む音がやけに大きく聞こえて、そうだ、なんとかこの人だけでも救えないかと考える。少しでも時間を稼げば助けが来るかもと思ってちょっと抵抗したら強盗犯の1人に銃でぶん殴られた。痛い。

「抵抗したら殺すって言ったよな」

再び額に銃口を突きつけられて流石に怖くて目を閉じる。しかし直後に聞こえてきたのは銃声ではなくて何かが壊れる衝撃音と、男性のものと思われる叫び声だった。

「おいおい…後処理どうすんだ…」

「用があるって言ってるのに邪魔したこいつらが悪いんだよ」

この場にそぐわない能天気な会話と「な、なんだお前ら!」と取り乱す強盗犯たちの声がして、ようやく状況が変わったことに気がつき目を開けると、いつかの王子が血まみれで笑っていて、隣で従者が顔を覆っていた。

「あ、いたいた。あり?なんで縛られてんの?」

強盗犯たちには見向きもせず、相変わらずの笑顔でまっすぐこちらに近付いてくる王子。「なんかのプレイ?俺も混ぜてよ」とケラケラ笑うこの王子はどうやら恐ろしく空気が読めないようだ。「コンビニ強盗です」と返すと王子は「あぁ…」とようやく周りに目を向けた。

「相変わらずこの星は平和だネ。こんな弱いやつらでも犯罪者の仲間入りか」

「なんだと…!殺せ!!!」

何を思ったか強盗たちを煽る王子。リーダー格の合図ととも強盗犯が発砲したのだが、信じられないことに王子はそれを歯で受け取めたのだ。「漫画ーー?!」と驚く中島くんの声が店内に響き渡る。

「危ないなぁ…俺じゃなきゃ死んでるよ?」

打たれて尚、笑みを崩さない王子にゾッとする。もしかして王子は強盗犯なんかとは比べ物にならないくらいやばい人なんじゃないか。

「ちょうどいいや。借りを返すよ」

言われている言葉の意味がわからなくてキョトンとする私と中島くん。王子は鈍い私たちを見て笑みを深め「今回だけ、無条件で助けてあげるってこと」と言うや否や、発砲した強盗犯を陳列棚に投げた。借りが何を指すのかすぐには分からなかったけど咄嗟に「お願いします」と頭を下げる。

それと同時に従者が私たちに銃を向けていた強盗を蹴り飛ばし「トラウマになりたくなかったら、目瞑ってな」と私たちの頭をぐいっと押して俯かせた。言われるがままに目を閉じると隣で中島くんが「ねえ大丈夫かな。俺たちまでこの人に殺されたりしないかな」と怯え始めた。よくわからない人だけど、助けてくれると言った言葉は信じないと失礼だ。そう思って「大丈夫だよ」と返す。しかし直ぐに人を殴りながら笑っている王子の姿が脳裏にちらついてしまい「…たぶん」と付け足した。

「ん?なんで下向いてんの?」

ものの数分で静かになった店内。頭上から王子の声が降ってきて反射的に顔を上げると、そこには先ほどより更に血まみれになった王子がいた。

「それ消毒した方が…」

「ん?」

「血が出てます…!消毒液とか絆創膏とか、その辺の棚にあるやつ好きなだけ使ってください!お金はいいので」

縛られたままなので、消毒液が置いてある棚を必死に顎で指すと、近くにいた従者がぶはっと噴き出した。

「団長の怪我を心配するたァ…お前さん、本当に普通の子なんだな」

「俺があんなやつら相手に傷作るわけないだろ。全部返り血だよ」

全部返り血…?!それはそれでどうかと思うけど、王子に怪我がないなら一先ず安心だ。一段落ついても私たちに危害を加える様子はないし中島くんの不安も杞憂だったようだ。

遠くからサイレンの音が聞こえてくる。通りすがりの誰かが騒ぎを聞きつけて通報してくれたらしい。

「警察のおでましだな」

「やりあっていい?」

「ダメにきまってんだろうが、このすっとこどっこい」

軽口を叩きながら帰ろうとする2人に慌てて「ありがとうございます」と礼を言う。王子は振り返って「君のお人好し、身を滅ぼすと思ってたけど救うこともあるみたいだね」と笑った。

「またね、夕崎さん」

「…!名前…」

「ここ、お大事に」

私の名を呼んで、自分のこめかみを指差し、ひらひらと手を振りながらコンビニを後にする2人組。「お大事に」の意味を考えていたら、頬のあたりに何かが伝っていく感覚がし「夕崎さん!血ーー!!」と中島くんが叫んだ。

どうやらさっき殴られたところから出血しているみたいだ。拭いたかったが、この時点で私たちはまだ縄を解いてもらっていなかったのでどうすることもできなかった。

「ーー団長、ありゃ俺たちが構っていい子じゃねぇよ。普通に生まれ、普通に育って、普通に暮らしてる、普通の子だ。関わらない方がいい」

「んーー?特別構ってるつもりはないけど」

「地球に来るたび通ってるヤツの台詞とは思えねェな」

「観光名所みたいなもんさ、他意はない」

そのあと私と中島くんは駆けつけた真選組の方々に縄を解いてもらった。山崎さんに「大変な目に遭いましたね。ご無事でなによりです」と優しく声をかけてもらい、張り詰めていた糸が解けた気がした。それは中島くんも例外ではなかったようで、ぽろぽろと涙を流し始める。

「無事で良かったね」

「夕崎さんもね!他人事じゃないでしょ?!」

私以上に怯えていた中島くんがいたからこそ、私は冷静でいられたんだと思う。こういう時にしみじみとかぶき町は危険な町なんだと痛感する。だけど放っておくと感情の起伏が全くなくなってしまう私みたいなやつは、こういうところで働くくらいがちょうどいいんだろう。

山崎さんからコンビニ強盗事件の事情聴取を受けて、家に着いたのは夜だった。父から「無事でよかった」と言われて又しても予言が的中したことに気がつく。やはり父はすごい。明日もきちんと境内を磨こうと心に決めた。


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