日常 | ナノ
騙された兄
(本編25話番外編です)
炬燵で蜜柑を食べていると、兄が神妙な顔で近づいて来て、私の前で頭を垂れた。
「那津…お金貸してくれ…」
兄は色々とだらしない人間だけど、今までお金関係のトラブルはなかったから少し驚いた。
「…何に使うの?」
「夢を叶えるために…だよ」
「ごめん、ちょっと意味が…」
ドヤ顔をする兄。本当に意味がわからなくて思わず頭を抱えた。
「まあお前にはわからないだろうな。夢とかそういうの全くないもんな」
「否定はしないけど…」
夢を叶えるってなに?仕事をする以外は家でぐうたらしている兄に一体何の夢があるの。
何もすごいことを言っていないのに何故かドヤ顔を続ける兄。そんな兄の顎に異物が付いているのを発見した。
「…兄さん、そんなところにホクロあった?」
「ああ、これな。夢を叶えた人ってのはさ、絶対身体のどこかに毛の生えたホクロがあるんだよ。だから俺もつけたんだ」
「…ん???」
夢を叶えた人は?体のどこかに?毛の生えたホクロがある??どうしよう、最初から最後まで全く意味がわからない。
「いやー、これが高くてさ。もう俺の貯金すっからかん…他にも会費とか色々かかって…」と意味のわからない発言を続ける兄に目眩がしてくる。
「兄さんの夢ってなに?」
「大金持ちになることだな」
「うん…いまは?」
「だからー、今はすっからかんだって!」
この人は…本当に大丈夫なんだろうか。いずれはこの人がうちを継ぐのかと思うとゾッとする。
「なんで?」
「そりゃお前夢を叶えるため……あれ?」
「矛盾してるね」
そんなおバカな兄も私の質問に答え続けているうちに、ようやく気づいたようだ。
「……えぇ?!俺もしかして騙されてる??!」
「うん、そうだと思うよ」
「どうしよう那津!どうしたらいい?!」
半泣きになりながら私にしがみつく兄。どうしたらいい?!じゃないよ、知らないよもう…
「払ったお金は戻ってこないよ。またコツコツ貯めるしかないね」
「冷たいな妹!!!」
「これ以上怪しいものには関わらない方がいいよ」
怒りに行ったはずなのにまた言葉巧みに騙されて、更にお金を失うことになりそうだし。
「でもやられっぱなしも悔しいだろ!」
「諦めよう。兄さんには無理だよ」
「いや、いける!あ、ほらお前なんか便利屋みたいなのと知り合いじゃん!そいつらに頼んで成敗してもらおう」
坂田さんたちのことを言っているのだろうか。私の知り合いを変なことに巻き込むのは最低限避けたい。
まあ…でも被害が拡大しないうちにちゃんとした人たちに相談しておくのはいいのかもしれない。
そう考え直して、「そうだね」と返事をするが、兄は一向に私の前から退こうとしない。え、これはまさか。
「…誰が頼みに行くの?」
「お前!」
「自分でいけ!!!」
にっこり笑った兄に渾身のツッコミをいれる。もういやだ、こんな兄さん。
結局、翌日兄と二人で万事屋を訪れると、坂田さんたちは大所帯でどこかに出かけようとしていた。
申し訳ないと思いつつも、一応用件だけ話してみると、みんなが「うわあ…」という顔でうちの兄を見た。
「あーオタクのお兄さんも騙されたクチね」
「すみません、バカなので」
「ちなみにこの子も騙されたクチだから」
「えっ、あ、すみません、騙された人全員が馬鹿だと思っているわけではないですよ」
失礼なことを言ってしまった。咄嗟に謝ると、近くにいたお妙さんがにっこり微笑んだ。
見惚れる暇もなく、そんな美しい姿からは想像できないような毒が吐き出される。
「いいのよ、那津ちゃん。この子もバカだから」
「……い、言い返せない…」
確かに隣にいた2つ結びの女性の額にも兄さんと同じような毛の生えたホクロがついている。
兄の他にも騙されている人がいるのか。この宗教は結構厄介なのかもしれない。夢を叶えるって、夢を持っている人にとっては素敵な響きなのかな。
「じゃ、ちょっくら行ってるわ」
「えっ潜り込むんですか。危なくないですか」
強いのかもしれないけど、宗教にのめり込んだ人たちって普通の強さとはまた別の強さがあるし、迂闊に近寄らない方がいいのでは…
「大丈夫よ、きっとバカしかいないわ」
「組織ごと壊滅させてくるアル!」
「頼もしいですね…」
女の人がこんなに気丈に振る舞っているのに、うちの兄は一体何をしているんだ。人見知りを発動して私の陰に隠れている兄に猛烈にイラっとした。
「…あの、うちの兄連れてって貰っていいですか?」
「えぇ?!なんで俺?!俺行きたくな」
「ヘタレなんで皆さんで根性叩き直してあげてください」
「危険な目に遭うかもしれませんよ…。お兄さん、大丈夫ですか?」
「いや無理無理!!」
「いいんです、ほんとにダメ人間なので危ない目に遭わせてください」
何やらうるさい兄を無視して、背中を押す。面倒なことを押し付けてしまって申し訳ないが、この人は一度危ない目に遭わないといけない気がした。大きくなって帰ってきてね、兄さん。
「男になれヨ、いけるいける」
「無理だって、俺ほんと弱いから」
嫌がる兄の首根っこを神楽ちゃんが掴んで引きずってくれている。いやーほんと頼りになるなあ。
「あ、おかえり」
その日の夜、ボロボロになった兄が少しのお金を握って帰ってきた。「どうだった?」と尋ねると、兄は少しだけ口角をあげた。
「お金以上に、貴重な経験ができ…た…」
そのまま倒れ込んだ兄にそっと布団をかける。何があったか知らないけど、少しはまともな人間になれたのだろうか。
後日、依頼金と粗品を万事屋に持って行こう。とりあえず、兄さんお疲れ様。これからはちゃんと考えて行動するんだよ。
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