日常 | ナノ
中島くんの日常

稽古三昧だった俺の日常が大きく変わったのは、仲間と一緒にこっそりと真剣を手に取った日のことだった。

「うおおやべええ!!これを毎日持てるんだぜ!?しかも合法で!それだけで憧れるよな〜真選組!」

「なあ、やっぱ次の入隊試験受けてみようぜ!中島も受けるだろ!?」

木刀とは違う重みや、明かりに照らされて光る刀身を見て喜ぶ仲間たち。

「……俺、やっぱ平和に生きるわ」

俺はその日、真選組への入隊を諦めた。



「じゃあ今日からよろしくね〜!」

真選組を諦めたその足でたまたま目に入ったコンビニの面接を受けてみると、かつて小遣い稼ぎに別のコンビニで働いていたこともあってすんなり受かってしまった。

「中島くん、大分慣れたね〜」

「まだ1時間しか働いてないっすよ」

「最近の若い子は優秀だよね〜!」

かぶき町のコンビニは時々来店する隊士を見るたびになんとも言えない気分になることと、ド金髪の瀬名とかいう夜勤専従のバイトが嫌なやつだった(退勤間際に「新人、男か〜!女っ気なさそ」と鼻で笑われた)ことを除けば働きやすい職場だった。

店長は褒めて伸ばすタイプの人なのかずっとにこにこしていて感じがいいし、俺自身も思ってた以上にコンビニ業務を覚えていて戸惑うこともなかった。

「いらっしゃいませ〜!」

かぶき町といえば個性の殴り合いみたいな印象があったけど来店してくるお客さんは今のところ普通だった。ほら、今来たお客さんもどこにでもいる女の子だし…

「初めまして。夕崎那津です。本日からお世話になります。よろしくお願いします」

「……はい?」

お客さんに突然深々と頭を下げられて、間抜けな声を上げてしまう。なに?なんの挨拶?こういう時どうしたら…と戸惑っていると「あの、店長は?」と聞かれ、慌てて店長を呼びに行った。

「店長〜!女の子が店長呼んでます!」

「ん?あ、そうだ!もう1人雇ったんだった」

忘れてたの!?というツッコミをなんとか気合で飲み込む。初日から店長に失礼な態度を取るわけにはいかない。でも心の中では言わせてくれ。普通、新人を同じ日に一気に出勤させるか!!?

「いや〜本当は雇うつもりなかったんだけどね〜。聞いたら自分史書いてるっていうから面白くて採用しちゃった」

自分史って何だそれ。普通の子にしか見えなかったけどもしかしてちょっと変わった子なのか?

「え!!!?」

フロアに戻ると俺が不在にしている間、その子が私服のままお客さんの対応をしていてめちゃくちゃ驚いた。

「スミマセン、大丈夫でした!?」

「レジの打ち方わからなくて電卓で計算しちゃいました。お金はぴったり頂きましたけどもしかして商品登録?とかしなきゃでした?何も知らなくて」

いや、すげーーなこの子!?何も知らない状態でレジ打ちするとかどんなメンタルしてんの!?お客さんも私服の子に接客されてさぞ戸惑っただろうよ!去りゆくアフロの隊士の後ろ姿を見ながら心の中で全力で詫びた。

悪い子じゃなさそうだけど、俺、この子と上手くやっていけんのか?全く自信がない。まぁそんなに深入りせず浅くやっていこう。なんて決意は店長の一言で一瞬で崩されてしまった。

「中島くん、新人指導よろしくね」

「は!?俺も新人なんすけど!!?」

「いけるいける。頼りにしてるよ〜」

いけるわけないじゃんバカなの!!!?

俺の渾身の叫び(口には出していない)は届かず、その日から俺は同期兼教育係になってしまった。どうなってんの。

これが俺のコンビニ勤務1日目。扱いがおかしすぎて退職しようかなってちょっと本気で思ったのが懐かしい。



「おーー上島ァ!久しぶりじゃのー!」

最近、変な客に懐かれてしまった。

「俺、中島です…」

「アッハッハ!そうじゃ宇宙土産持って来たぜよ!好みが分からんき、色々買うてきてしもうた!」

「え…なんかスミマセン…」

レジ上にドンドン!と山のように積み上げられる謎の置物たち。少し前に接客して以来、時々来店しては謎の土産をくれるこの人のことが俺にはさっぱりわからない。

たまには俺も夕崎さんみたいに踏み込んだ接客でもしてみようかな〜なんて思って実行したのがよくなかった。相手は選ばなきゃだめだ。世間話程度に留めておこう。

「そういえば金時さんには会えましたか?」

「いんやまだ会えちょらん!ま、わし以上に神出鬼没な男じゃきそう簡単に見つかるとも思っとらん。気長に探せばええ」

その言葉通り、この人の目的は金時さんを探すことだけではなさそうだった。ていうか俺、前よりコミュニケーション能力上がってる!?最初は会話不可能だと思っていたモジャとも少しずつ人間的会話ができるようになってきた気がする。

「そうじゃ!中島にわしと金時の話を聞かせちゃろう!」

「え!!?いや、いいですこの間も聞いて」

「わしらは昔馴染みで」

あああ前言撤回。やっぱり上手くいかない。この話聞くの3回目だし毎回めちゃくちゃ長いんだよ!助けて夕崎さん、話の腰の折り方教えて。

モジャと金時さんは昔馴染みで、他にも近しい関係の人が2人いるらしい。モジャは宇宙で商いをしていて、あとの3人は天人を倒したり、革命を起こそうとしたり、それぞれ違ったやり方でこの国をよくしようと日々戦っているんだとか。

変な人だけど、この話を聞いているときは素直に凄い人だなと思う。夢に向かって直向きに進むのは、簡単なようで結構難しいことなんだ。俺は真剣を手に取ったとき、命を扱う責任の重さに耐えられなくて全部諦めてしまった。真選組に憧れて、稽古を頑張っていた時期も長かったけど、考えてみれば臆病な俺には自分が傷つく覚悟も誰かを傷つける覚悟も持てるはずがなかったんだ。もう少し早く、気がつけたら良かったんだけどな。

「何を考えちょるがわからん男じゃが、あいつがいたからわしゃ後ろを振り返らず走って…」

うーーーん、にしても長い!会計待ちのお客さんもいるしどうにかして話をやめてもらわないと。でもなんか今すごい盛り上がりどころぽいし、なんて言えば気分害さない!?無理!わからない!

「お疲れさまです」

話よ終われと祈るように天を仰いでいると、聞き慣れた抑揚の足りない声が聞こえてきて反射的にそちらを見る。若干涙目になりつつある俺を見て察したのか、休憩を終えた彼女は真っ直ぐこちらに向かってきた。

「お客様、会計待ちのお客様がいらっしゃいますのでお話は時間をずらしていただけると…」

「あーーほんまじゃ!わしとしたことが気がつかいですまんかった!ほんだらそろそろ去ぬるかよ」

夕崎さん〜!!!!

困ったお客さん相手でもなんだかんだで穏便に済ませてくれる夕崎さんを拝んでしまいそうになる。

「流石珍客マスター!」

「その呼び方やめようよ…」

そういえばあの長い話の中でモジャは「人が集まってくる人間はなにかをもっている」と言っていた。そういえば夕崎さんも、意外と人を集めるタイプなんだよなぁ…

「はあ〜疲れた。まだ働き始めなのに」

「お疲れさま。これ食べる?溶けるから早めに」

「うっ…ありがとう…すぐ戻る…」

アイスを渡すことでさりげなく休憩まで促してくれる気遣いに泣けてくる。塩対応な時も多いし、表情筋はほとんど仕事をしないけれど、弱ってる時にはちゃんと労ってくれるのが夕崎さんの良いところだ。

この町で働いているとこういうなんてことのない優しさがやけに身に沁みるようになるのだ。多分、こういうところが人を集める所以なんだろう。

さ、アイス食べて午後も頑張んないとな!



おまけ。さらっとキャラ紹介

◯夕崎那津
夢主。個性溢れるかぶき町の住人の中では没個性キャラがかえって個性的に見えるのでは?という考えのもと生まれた。回を追うごとに表情筋が死んでいく。すぐ人を餌付けする。木、日は基本休み。店長に言われて書き始めた日記のやめ時が分からなくなっている。

◯夢主父
霊力がとんでもなさすぎて定春と会話ができたり悪いことを予言できたりする。

◯夢主母
雨が嫌いだけど晴れも好きじゃない引きこもり。経営手腕がとんでもないので神社は安泰。

◯夢主兄
騙されやすい内弁慶。神楽の弟子になった。しっかりしたお嫁さんを見つけて欲しい。

◯夢主姉
誰に似たのか器量がいい。虫が嫌いすぎて夏は木の下を通れない。

◯中島くん
夢主の同僚。気のいい青年。真選組に入りたかった。稽古を頑張っていた時期が長いので意外と腕っぷしは強いけどへたれすぎて披露する機会は永遠に来なそう。最近坂本に懐かれて困ってる。

◯店長
大らかすぎるので夢主と中島くんがいなかったらこのコンビニは即潰れているとおもう。時々頭が切れる一面を見せるけど長くは続かない。長谷川さんとはお知り合い。

◯瀬名さん
よく寝坊するだらしない夜勤のバイト。遅刻はするけど残業はしない。髪色も彼女もころころ変えるけどどういうわけかバイトだけは長続きしている。名前は今決めた。夜勤は店長と瀬名さんで回している。

◯秋くん
名前はもちろん影も形も全く出てこなかった縁の下の力持ち。店長の息子。名前は(以下略)。普段は別の仕事をしているけど中島くんや夢主が出勤できない&店長が夜勤に回っている日にピンチヒッターとしてお店を回してくれているという裏設定がある。


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