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私は宇宙海賊春雨第七師団団長に訳のわからない理由で拉致されて、専属医として働くことになった。

常に脱出の機会を窺ってはいるものの、外が宇宙となるとそれも難しく、あの日から既に五日が経過している。

「やっ、おはよう」

ソファに座ってカルテを見ていると、私を拉致した張本人が隣に腰掛けてきた。

「…おはようございます」

「相変わらず無愛想だね」

ニコニコと人の良さそうな…でも底の見えない笑顔を浮かべる団長に、得体の知れない恐怖を覚える。寝癖ついてるけど。

「あり?無視?」

黙って眉を寄せていると、団長は小首を傾げながらケラケラと笑った。

「団長は…いつも笑ってますね」

吉原で百華を殺したときも、私を殺そうとしたときも。血生臭いあの場所に最もそぐわない表情は軽くトラウマになるレベルで不気味だった。

「楽しいですか?人、殺すの」

真顔の私と笑顔の団長。
こんなに不躾な質問をされても、この人の笑顔は崩れない。

「人を殺すことを楽しいと感じたことはないよ。前にも言わなかったっけ?興味ないんだ。俺に殺されるようなやつには」

そういえば団長は、私を拉致した理由は私が団長の一撃を防いだことだと言っていた。全くもって意味がわからないが、それが強い子供を産むことに繋がるらしい。

この人の子供を産むために、私はここに連れて来られたのだ。何度考えても訳がわからん。

「なら、どうして…」

「これは俺の殺しの作法だ。どんな人間でも死ぬときは笑顔で見送ってあげないと」

笑顔が、殺しの作法。うん、やっぱりこの人狂ってる。そこらにいる犯罪者たちとはまた別の次元で。

「だから、さ」

「っ、」

「俺が笑顔を向けてるってことは君に対して殺意があると思ってもいい」

至近距離に詰め寄られ、更に笑みを深くされる。

あまりの近さに一瞬面食らったが、何事もなかったような顔をして距離を取る。

「…構いません。お互い様ですから」

そういえば団長は笑顔を解いて、目をパチクリさせた。

「へえ…あるんだ、殺意」

「ありますよ。出来ることなら一刻も早く貴方を殺して、地球に帰りたい」

だけど実力差を考えるとそれは無理に等しい。私には団長の攻撃を躱し、防ぐことしか出来ないし、恐らくそれも二度三度が限界だろう。

そんなことを考えていたら、団長が私の顔面目掛けて思い切り拳を突き出してきた。それは寸止めで終わったが、風圧やら何やらで頬がビリビリする。

「あれ?避けないの?」

「あーいや、今のは避けられませんでした。殺気を感じることが出来なかったんで…」

避けれるものなら避けたかったけど。護身術は自分の身を守るためだけに覚えたものだから、突然の出来事や偶然には対応出来ない。

素直にそう言えば、団長は物珍しそうに私を眺め、再び口を開いた。

「やっぱり君面白いネ。本当にただの医者なのかい?」

「はい。人より少しだけ身を守る術を知っている医者です」

「ふーん…」

一通り話題が終わったが、団長はここから立ち去ろうとしない。それどころか最初より距離が近くなっている気さえする。

私はこの人のことが好きではない。理不尽な理由で私を拉致した張本人である以上、私の敵だ。

「ところでここの生活にはもう慣れた?」

私が向けている敵意なんて意にも介さず、こうして次から次へと話題を振ってくる団長は相当図太い上に、暇人なのかもしれない。

「慣れる気なんて、ありません」

「これからここで暮らすのに?」

「だから暮らしませんってば!」

何度言えばわかるのか。私は江戸でしっかり定職を持っていたし、診ている患者さんだっている。こんなところに長居している場合ではないのだ。

「私、団長が思うほど強くありませんよ。それに…団長って天人で…しかも夜兎族ですよね」

「うん」

夜兎は宇宙最強の戦闘部族だという話をどこかで聞いたことがある。いつか出会った女の子も夜兎族だったが、例に漏れず目を見張る強さだった。

「強い子が欲しいなら、同じ種族の女性と結婚したらいかがですか」

「結婚?しないよそんなもの。弱くなるだけだろ」

「はあそうですか」

違う。拾って欲しいところはそこじゃない。結婚=弱くなるという考え方もどうかと思うけど、今は触れない。

「でしたら言い直します。同じ種族の女性と子作りしたらいかがですか」

「んー…」

そう言うと、団長は少しだけ困ったように眉を下げた。

「少し前までは、それでもいいと思ってたんだけどネ」

そして、ただでさえ近かった距離を更に詰め、完全に油断していた私の後頭部を掴み、引き寄せた。

「…っ、」

何の抵抗も出来ぬまま、気が付いたら団長との距離はゼロに等しくなっていて。唇に何やら違和感が。

「(何でこの人目閉じて…、…っ)」

違和感の正体に気が付いて離れようとするが力が強すぎて離れられないし、それどころか下手したら頭を握り潰されそうで動くことができない。

キスされた状態で、どうしたものかと悩んでいると目の前の団長がそっと目を開けて、私を解放した。

「な、んのつもりですか」

袖で口を拭いながらそう尋ねると、団長は既に普段通りの笑みを浮かべていた。私にはそこから感情を読み取る術がない。

「あの」

「おーい、団長」

追求しようと口を開いたのとほぼ同時に阿伏兎さんが部屋に入ってきて、団長を呼ぶ。なんてタイミングが悪いんだ。

「お前さんこのあとの会食すっかり忘れてるだろ…」

「あ、忘れてた。アホ提督とだっけ?」

団長は私に何事もなかったかのようにヒラヒラと手を振って、疲れきった顔をしている阿伏兎さんの元へ向かっていった。

私には団長の行動も意図も全く読めない。考えるだけ無駄な気がしてきたから私もなかったことにしよう。再びカルテに目を向け、深いため息をついた。早く帰りたい。

同じ種族じゃなくても
((君との子供が見たくなったんだ))
(心身共に強い子が生まれそうだし)
(不純すぎて逆に清々しいですね…)



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