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告白紛い
(百華様のみお持ち帰りフリーです)


私は数学の時間が好きだ。得意教科だからというのもあるけど理由はそれだけじゃない。

「椎咲宿題やった?」

「うん、やったよ」

「じゃあ答え合わせしない?」

氷上君と宿題の答え合わせが出来る。こっちが主な理由だ。小湊君は席が離れているし降谷君はやってこないから隣の席に座っている私に毎回声をかけてくれるのだ。

「うん!合ってるかわかんないけど…」

「俺もわかんねーから大丈夫!」

いつものように了承すると、氷上君は椅子ごと私に寄ってきた。それだけのことなのに未だに緊張する。

「問1何になった?」

「えーと…上から2・37・8・5・23かな…」

「お、一緒だ。問2は上から9・14・5・2であってる?」

「多分あってると思うよ」

答えを読み上げるときに若干声が震えてしまっていることに氷上君は気付いているだろうか。…小湊君は「絶対気付いてないよ」と言っていたけど、いつか気付かれるんじゃないかっていつもヒヤヒヤしている。

「お、結構合ってる」

「氷上君数学得意だよね!」

「いや…椎咲には負ける」

氷上君はそう言ってやんわり微笑んだ。答え合わせを始める前まで、私は氷上君はあまり笑わない人だと思っていた。降谷君と接しているときの氷上君は大体呆れてるか怒ってるかだったから。

だから初めてこの笑顔が自分に向けられたとき、私はすっかり心を奪われてしまったのだ。

「最後って答え5?」

「…いや…多分8かな…」

「あーやっぱ違うか…。ここ全然わかんなかったんだよなー…なんで8になんの?」

「!」

氷上君が私のノートを覗き込んだ。…すごく近い。私が話したら、息が氷上君にかかってしまいそうだ。思わず口を閉じると、沈黙を不審に思ったのか氷上君がこちらを見た。ち…近すぎる…!

「椎咲?」

「あ…ごめん。えっとこれは」

氷上君はクラスではあまり目立たない男の子だ。だけど、私にはそれが不思議でしょうがない。こんなに整った顔立ちをしているのに、なんで全然騒がれないんだろう。

でも氷上君が人気者になっちゃったらそれはそれで寂しいな。私なんて相手にされなくなっちゃうだろうし。

「あー…こっちに代入するんだ」

「うん。それでこれを計算して…」

「うんうん」

氷上君を盗み見ると、真剣な顔で私の手元を見ていた。普段は可愛いなって思う時の方が多いけど真剣な顔は格好良い…って、違う違う。今は問題解かないと…!

「それでこれをこうしてこうすれば…あれ?」

「あれ…答え3?」

「な…なんで…?」

どっかで計算ミスでもしてしまったんだろうか。うう…最悪だ。私の価値なんて数学が出来ることくらいしかないのに…!

「…あ、わかった。ここ書き間違えてるんだ」

「え?書き間違え…?」

「ほら、ここ。こっちでは6なのにこっちでは9になってる。ノートの方が違うんだと思う」

「…あ…ほんとだ…」

は…恥ずかしい…!こんなとこ氷上君には見られたくなかった。せっかく積み上げてきたイメージが台無しだ…。

「ごめんね…」

「なにが?」

「間違えちゃって…」

「………」

「………」

「え!それだけ!?」

こくんと頷くと、氷上君は暫くポカンとしていたがやがて小さく吹き出した。まさか笑われるとは思っていなかったから今度は私がポカンとしてしまった。

「えっと…氷上君?」

「まさか…こんなことで謝られるとは…思わなかった…っ」

「でも危うく間違った答えを教えちゃうとこだったし…それに数学の出来ない私なんて…」

そこまで言って慌てて口を噤んだ。氷上君の前でネガティブモード全開になっちゃ駄目じゃん!

恐る恐る氷上君の様子を伺うとさっきまで笑っていたのに、真剣な顔で私を見ていた。うわああ…やっぱり引かれちゃったかな…

「椎咲」

「…う、うん。何?」

「何に悩んでるのかよくわかんないけど…、俺はいつか椎咲に数学教えてあげたいなって思ってるよ」

「え…?」

「いつも教えて貰ってばっかだとなんか格好悪いし…だからむしろ間違えてくれて安心した。けど次は俺があってるとこ間違えてね」

「氷上君…」

…ああもうほんと氷上君大好き。勇気がなくて本人には絶対に言えないけど、心底そう思った。

「それにこいつみたいに何もやってこないやつもいるんだぜ?やってあれば答えなんてあってなくてもいーんだよ。やること自体が大事なんだし」

「…え…でもそしたら答え合わせの意味ないんじゃ」

そう聞くと、氷上君はにっこり笑った。

「あ、それはほら。椎咲と答え合わせするの好きだからやってるだけ」

「……っ」

心臓が破裂するかと思った。顔が熱を持つ。氷上君は「じゃあまたなー」と言って自分の席に戻っていったけど、未だに心臓は忙しく鼓動し続けている。だって今のって…告

「…今告白した?」

降谷君の声に心臓が跳ねる。今まさに私が考えていたことだったから。思わず聞き耳を立てる。

「は?してねーけど…」

「……告白かと思った」

「なんでそーなるんだよ」

氷上君は「お前やっぱ天然だよなぁ」と呆れているけど、その台詞そっくりそのまま返してやりたい。


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