あなたと以外は
もう何処にも行けない




最近、なまえ姉はパン作りにハマっている。

「実は作りすぎちゃって…よかったらバレー部のみんなで食べてもらえると嬉しいです」

ある日、家では消費しきれないからとなまえ姉がバレー部にパンを差し入れにやって来た。
練習前の体育館にはまだ俺と双子と銀、それから尾白さんしかいなかったが、いち早くパンの匂いに反応した治の動きはそれはもう早かった。
その目はらんらんと輝いているし、テンションも爆上がりしている。

「これ全部食うてええんですか!?」
「どうぞ、いっぱい食べてね」
「あざーっす!やばっ、うまそう!」
「角名の姉ちゃんすごいな、売りもんみたいなクオリティやん」
「ねえ待って、どういうこと?なまえ姉のパンは俺が食うからって昨日話したよね?」
「うん、でもさすがに倫くんこんなに食べれないでしょう?」
「いや食えるし。ちょっと治ストップ、食うのやめて」
「めっっっちゃうまい!なんやこれッ!こっちももろてええですか!?」
「良くねぇわ、食うのをやめろって言ってんだろ」

俺の声なんてまるで聞こえていない治は夢中でパンを口の中に詰め込んでは飲み込んでいた。
パンは飲み物と言わんばかりの食いっぷりとスピードに俺は顔を引き攣らせる。

おいおいおい、マジで全部食うつもりじゃん

ふざけんなよ、なまえ姉のパンは俺のだから

「うおっ、角名が急にめっちゃ食い始めたぞ」
「治に劣らへん食いっぷりやな」
「角名がこんな食うてるの初めて見たわ」
「倫くん、そんなに急いで食べたら喉に詰まっちゃうよ?」
「そうなったらなまえ姉が人工呼吸してくれるんでしょ?」
「真顔で何言うてんねんコイツ」
「シスコン怖」

それからあっという間にパンはバレー部(ほぼ治と俺)の胃袋へと消え、なまえ姉は嬉しそうに満足した表情で「お粗末さまでした」と笑った。

「ほんまにめっちゃうまかったです、また食いたいです、次はいつ作りはるんですか」
「学校がお休みじゃないと時間が無いから、作るなら日曜日かなぁ」
「ちょっと治、なに勝手になまえ姉と喋ってんの?あと次とか無いから」
「本当はね、焼きたてが一番おいしいの」
「わかりました、家行きます」
「おい」





その夜、俺は部活を終えて帰宅するなりなまえ姉にくっつき虫のごとく抱きついていた。

「倫くん、お姉ちゃんまだお料理中だから向こうで待ってて?」
「ヤダ、なまえ姉の言うことなんて聞いてやんない」
「今日のこと怒ってるの?」
「だってなまえ姉の作ったもんは全部俺のなのに…」

その華奢な肩に顎を乗せながら、ふてくされて唇を尖らせる。
俺がこんな子どもみたいなことするのはなまえ姉の前だけだ。

「ごめんね、今度は作りすぎないようにするから」
「うん…」
「今夜はハッシュドビーフだよ。倫くん食べたいって言ってたでしょう?」
「…!うん、食いたかった」
「ふふ、じゃあもう少しだけ良い子で待っててね」

俺も単純な男だなと思う。
なまえ姉のハッシュドビーフに途端にぐるると腹を空かせて、その滑らかな手のひらで優しく頬を撫でられただけで俺の機嫌は治ってしまったのだから。
ハッシュドビーフが出来上がるまで、先にシャワーを浴びて来ようと浴室に向かう足取りも軽かった。





「倫くん、右手どうしたの?」

なまえ姉と晩飯を共にしている最中、俺は右手の中指に走ったズキリとした痛みに小さく「いてっ」と声をもらしてしまった。
別になんてことのないただの軽い突き指なのだが、なまえ姉が心配そうな顔で俺を見ている。

「突き指だよ、部活でやったの忘れてた」
「そうだったんだ、大丈夫?」
「今まで忘れてたぐらいだから平気だよ」

バレーボールをやっていると突き指なんてよくある。
俺はミドルブロッカーだから特にだ。
部活中はテーピングで固定しているのだが普段はそれを外すから、ふとした指の動きに痛みを感じたりする。

「倫くん、右手見せて?」
「?いいけど…」

言われるがままに、なまえ姉に右手を差し出した。

「お姉ちゃんがおまじないかけてあげるね」
「おまじない?」

俺の手をなまえ姉がそっと両手で包み込んで「いたいのいたいの飛んでけ」と優しい声で唱えた。
俺はもうそんな子どもではないけれど、なまえ姉のかけてくれるおまじないが嬉しくて愛おしい。

「ありがと、なまえ姉」

どういたしまして、と笑うなまえ姉の優しい笑顔を見て、やっぱり俺はこの人が大好きだと思うのだ。



あなたと以外は
もう何処にも行けない




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