はじめまして、迷子の猫くん



やば、クロたちとはぐれた…。

ここは知らない土地、それも関西。
遠征は何回かあったけど、関西まで来るのははじめてだった。
前に宮城に行った時もこんなことあったな…なんて思いながら、とりあえずクロにラインして、目印になりそうだったコンビニの住所を調べてその地図を送った。
すぐにクロから返信があって「そんなに離れてねぇみたいだし、そっち行くわ」って言ってくれたから、素直に甘えることにする。

「さぶ…」

季節は冬。
風がふいたりすると寒さが身に染みる。
ジャージの上にもう一枚上着を羽織ってるし、なんならジャージの下にはパーカーだって着込んでるけど、やっぱり冬の寒さには勝てない。
首をすくめながら片手でスマホをいじって、寒さで赤くなってるであろう鼻を一度すすった。

コンビニの前でクロを待つこと10分。
急に「あの」と声をかけられて、びっくりして思わず肩が跳ねた。
見ればそこにはコンビニの制服を着た店員さんが立ってて、俺は瞬時に気まずさを覚える。

「もしかして、人を待ってますか?」
「え、あ…ハイ、すみません…ここ邪魔だったら場所変えます…」
「いえ、邪魔なんてことはないので気にしなくても大丈夫ですよ。ただここだと寒いんじゃないかと思って」

「よかったら、中へどうぞ」って人の良さそうな笑顔で店内へと俺を促す店員さんに正直戸惑った。
買い物するわけでもないのに、人を待つためだけにずっと店内にいたらそれこそ邪魔だし、迷惑になる気がする。
どうしよう…。

「もうすぐ春高もあるのに、風邪なんて引いたら大変ですから」
「えっ…」

春高なんてワードが店員さんの口から出てきたことにまたびっくりして、俺は目を丸くした。
ジャージのズボンに入ってるVOLLEYBALLの文字を見れば、そりゃ俺がバレーやってる学生だっていうのはわかるかもしれないけど、でもだからって春高がもうすぐあるなんてことがわかる人はそんなにいないと思う。
なんでって顔してる俺を見て、店員さんはふわりと笑った。

「弟もバレーをやっとって、春高に向けてがんばってるんです」

ああ、なるほど、そういうことか。
謎が解けてちょっとスッキリする。

「えっと、俺は東京の高校でバレーやってて…」
「わあ、東京の人やったんですね」

初対面なのに、この店員さんは雰囲気が柔らかくて、俺の中でほっと気の抜けるような感じがあった。
聞けば、彼女は俺よりもひとつ年上でクロと同じ高校3年生らしい。
それで俺は彼女の弟と同い年らしい。
セッターをやってるって言ったら「あ、わたしの弟もセッターなんよ」ってまた笑ってた。
ふわって、春みたいに柔らかく笑う人なんだなって思った。

ちらりと見た制服のネームプレートには「みや」と名字が入ってる。
みや…宮、かな?

「研磨!」

あ、クロが来た。
馴染みの深い声に顔をそちらに向ければ、駆け足でこっちにやってくるクロの姿が見えた。

「なんでお前はすぐ迷子になるかねぇ!?」
「ごめん、考えごとしてたらはぐれた」
「ったく、どうせお前のことだからゲームのこと考えてたんだろ…」

そこまで言ってひとつため息をついたクロがくるりと店員さんの方に体を向けて「すいませんでした!」って頭を下げた。
その時に俺の頭もがしっ!と片手で掴んで無理やり下げさせてきたから首が痛かった。

「うちのがご迷惑おかけして」
「いえ、お気になさらないでください。わたしがお節介で彼に声をかけてしまっただけなので」
「別にお節介なんかじゃなかったけど…。店員さんが話し相手になってくれたから、待ってる間も退屈しなかったし…」
「研磨、お前なぁ…」
「ふふ、それならよかった。今度は迷子にならないように気をつけてね、研磨くん」

にこにこと笑顔で俺に小さく手を振る彼女にどぎまぎしながら、一応相手は先輩だしと思って軽く頭を下げておいた。
て言うか俺の名前…。
クロがそう呼んでるとは言え、まさか店員さんにまで呼ばれるとは思わなかったからびっくりした…。

迎えに来てくれたクロと一緒に並んで正規ルートの道を歩いて進む。
案の定、さっきの店員さんのことでクロがしつこくてうざかった。

「俺が来るまでの間にさっきの関西ガールとは何があったわけ!?」
「ちょっと、その関西ガールって呼び方やめてくれる…?ダサいんだけど…」
「研磨が初対面の女子相手に会話できたなんて信じらんねぇ…しかもあの店員さん、普通に可愛いかったし!連絡先は聞いたんだろうな!?」
「あの状況で聞いてたらおかしいでしょ、相手は普通に仕事中だったわけだし…」

関西の地で出会ったコンビニ店員の宮さん。
今さらだけど、下の名前ぐらいは聞いとけばよかったかな…なんて、らしくないことを思った。




「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -