角名くんは困ってしまいました



たまに双子のお姉さんを見かけることがある。
双子に挟まれて一緒に帰る後ろ姿とか、バレー部の大会があった時なんかに観客席から応援してる姿とか。
遠目から見えるばっかで、俺があの人と直接話したことがあるのは1回ぐらい。
それも挨拶程度のほんと短いやつ。
確かその時は治がいて「こいつ、角名っちゅうんやけどバレー部で俺と同じクラスやねん」って簡単に紹介されて、俺も軽く会釈した。
お姉さんは用事があったらしくてすぐに行っちゃったんだけど、でもその短い間でも「弟がお世話になってます、いつも仲良くしてくれてありがとうね」と言って、ふわりと笑った顔が優しかったのが印象的だった。

「あ…」

体育館の点検日で部活がなかった放課後。
いつもの帰り道でイレギュラー発生。
数メートル先に知ってる横顔を見つけて思わず足が止まった。

あそこにいるのは、例の双子のお姉さん。
ダッフルコートの下から見えるスカートは稲荷崎の制服だし、間違ってないと思う。
最近オープンしたばかりのケーキ屋の前にお姉さんは立ってて、その近くに弟の姿はない。
今日みたいな日はどうせ双子はお姉さんと帰ったりしてるんだろうと思ってたから、一緒にいないのはちょっと意外だった。

少しずつ足を進めながら、声をかけるべきか否か考える。
そのまま後ろを通りすぎてもよかったんだけど、やっぱり挨拶ぐらいはした方がいいような気がして、ちらりともう一度その横顔を見る。
でもなんて声かけたらいい?
お疲れ様です、とか?
つか、その前に俺のこと覚えてんのかな…。

「あれ、角名くん?」

ふとこっちを見たお姉さんと視線が交わる。
俺はぴたりと足を止めて、軽く目を見開いた。
先に声をかけられた上に名字まで覚えられてた。
ちょっと感動だ、普通に嬉しいかも。

「いま帰りなん?」
「はい、体育館使えなくて部活休みなんで…。お姉さんはケーキを買いに来たんですか?」
「ううん、今日はまだ買わないの」
「今日はまだ…?」
「クリスマスのケーキをね、今年はどうしようかなって見てたんよ」

にこりと笑って、外からでも見えるケーキ屋のショーケースを指さしたお姉さんにつられて俺もそっちを見る。
もう12月だから、ショーケースの中はクリスマス仕様のケーキが何種類も綺麗に並んでて、今さらだけどもう冬なんだなって今の季節を再認識する。

「男の子って難しいよね」
「え…?」
「わたしはね、あそこのクマさんのケーキとかいいなって思うんやけど、でも高校生の男の子には可愛いすぎちゃうのかなって思うから悩んじゃう」

困ったように微笑んで肩をすくめるお姉さんの様子に、ああそういうことかって理解する。
この人は双子の弟のためにクリスマスケーキを用意しようと思ってて、クリスマスはもう少し先だけど今からそのケーキをどれにしようか悩んでて、それでここに立ってたんだって全部繋がった。
俺はあの双子とは違うけど、でももし自分にもこの人みたいな姉がいたら、今日みたいなことがあった日にはたまらない気持ちになるんだろうなってちょっと思う。

「クマのケーキでも良いんじゃないですか?」
「ほんまに?もしかして角名くんもああいうの好き?」
「いや俺が好きなんじゃなくて、侑と治ならお姉さんの選んだものならなんでも喜ぶって話で…」

俺がそう言ったら、お姉さんは少し驚いたように目を瞬かせて俺の顔を見た。

「あの2人、ほんとにお姉さんのことが好きでしょうがないやつらなんで、たぶん今日のこととか知ったら泣いて喜びます」

ガラス玉みたいに綺麗な瞳が、少しすると柔らかく細められて、まるで愛おしいものを見るような表情を見せてお姉さんが笑った。
その顔に一瞬どきりとしたけれど、でもそれは俺じゃなくてここにはいないあの双子に向けられたものだから、すぐに我に返って踏みとどまる。

「ありがとう。角名くんは優しい子やね」
「えっ、俺は別にそんなんじゃ…」
「弟に良いお友達ができてほんまによかった」

これからも弟をよろしくねって、ふわっと両手で包み込むみたいに握手された右手があったかくて、こういうの嫌じゃないなって思ってる自分がいるから困った。

それから、ケーキ屋から離れたお姉さんと流れで途中まで一緒に帰ることになって、今まで遠目に見かける程度だったのが嘘みたいにたくさん話をしてしまった。
しかもお姉さんじゃなくて、名前で呼んでなんて言われて、これからはなまえさんって呼ぶことにもなってしまった。
あとで双子になんか言われそうだな、そうなったらめんどくさいなって思うのに「角名くん、あのね」って話しかけてくるなまえさんを見ると、まあいいかってなる自分がいるからやっぱり困った。




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