侑がちゃんとしてるとき



「あ゛ッ!?」

朝練を終えて、部室で練習着から制服へと着替えた俺はエナメルバッグの中に入っとった見覚えのあるシャーペンを見て勢いよく立ち上がった。
昨日、宿題を出されていたのに学校に筆箱を置いたまま帰宅してもうた俺はその夜になまえちゃんに慌ててシャーペンを借りたんや。
ほんでそのまま返すの忘れとったことを今になって思い出した。

「あかん!なまえちゃんにシャーペン返してへん!どないしよう!?」
「はあ?何しとんねん。はよ返しに行けや、それないと今日の授業困るやつやろ」
「なまえちゃんって誰や?」
「あれ、銀は知らないっけ?双子にお姉さんいるの。俺らの一個上だよ」

姉ちゃんおったん!?と驚いとる銀には悪いんやけど今それどころやないねん。
俺はとにかくこのシャーペンを授業がはじまる前に返しに行かへんと、サムが言うようになまえちゃんを困らせることになってまう。
なまえちゃんは優しいから困っても笑って許してくれるんやろうけど、それやと俺が自分を許せへんから、俺はエナメルバッグを肩に引っかけて猛ダッシュで部室を飛び出した。

「侑ってさ、お姉さんのことに関してはちゃんとしてるよね。これが他のやつのだったら絶対今からなんて返しにいかないじゃん」

飛び出した俺を見て、角名がそう言うてたと聞いたのはあとのことの話や。
そんなん耳に入らんぐらい急いどった俺は3年の教室を目指して階段を3段飛ばしで駆け上がった。
でもなまえちゃんのおる教室の前に着くころにはさすがにバレーやっとる俺でもしんどくて、肩で息をして汗だくやった。

「はあ、はあっ…なまえちゃん!」

教室のドアをガラリと開けると中におったやつらの視線が一気にこっちに集まる。
それらを全部無視してなまえちゃんに声をかけると、自席に座って授業の準備をしとったなまえちゃんがびっくりした顔をして、慌てて俺のところに駆け寄ってきた。

「ツムくん、何かあったん?すごい汗やけど…」
「これ、なまえちゃんのシャーペン借りっぱやったから」

俺の顔とシャーペンを交互に見るなまえちゃん。
ほんでシャーペンを受け取るなり、申し訳なさそうな顔をして制服のポッケから出したハンカチで俺の頬を伝う汗をぽんぽんとぬぐってくれた。

「ごめんね、ツムくん。シャーペンなら他のもあるから、そのまま持っとってもいいよって言うとけばよかったね」
「えっ、そうやったん…?」

よくよく考えれば当たり前の話なんやけど、なまえちゃんは筆箱の中にちゃんと予備のシャーペンを持っとったんや。
せやから、俺に貸してくれたこれがなくてもなんも問題なかったっちゅうこと。
そのことに気づかされた途端、どっと疲れが全身を襲ってがくりとうなだれる。

「汗だくになってまで走ってきた俺、めっちゃアホやん…」
「ほんまにごめんね。でもツムくんがせっかく持ってきてくれたんやから、今日はこのシャーペンを使うことにするね」

そう言いながら、なまえちゃんは走ったせいで乱れとった俺の髪を手で整えてくれた。
わたしのために走ってきてくれてありがとうって優しく笑うなまえちゃんの笑顔を見たら、それだけでしんどかったのなんてどっかに吹き飛んだし、俺の心はほっこりした。
思わずなまえちゃんに抱きつきたくなったけど、さっきからクラスのやつらがこっち見とるからなまえちゃんのためにも我慢する。
つうか、見せもんやないんやから見んなや。

「そうだ、ツムくん。これはここまで届けに来てくれたお礼。授業中は舐めたらダメやからね」

なまえちゃんの制服のポッケからハンカチの次に出てきたのはいちごミルクの飴で、それが俺の手の上に乗せられた。
この飴は高いもんちゃうし、普通の飴なんやけど、なまえちゃんからもろたってだけで特別な飴になんねん。

ほんで昼休みの弁当食ったあとになまえちゃんからもろたいちごミルクの飴をこっそり口に放り込んだら、食いもんに敏感な鼻しとるサムに「それ姉ちゃんの飴やろ」って秒でバレて、なんでお前だけもろてんねんってめっちゃ睨まれた。




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