09
「お疲れ。白鳥沢はなんだって?」
屋敷へ戻ると、縁側に腰掛けている角名が俺らに声を掛けてきた。
別用で町の船着場へと一人向かった北さんがこの場に居ないためか、角名はあぐらをかいて寛いでいる。
「大した情報は得られてへん。収穫があったのはこの美味い茶菓子ぐらいやな」
「だから俺は言うたんやで、天狗どもなんかアテにしてもしゃあないって。そもそも天狗ってのはいけ好かんから嫌いやねん」
けっ!とツムが悪態をつく。
遠慮のない言葉に姉ちゃんが「そんな言い方したらあかんよ」と困ったように眉尻を下げた。
「その様子だと犯人探しはまだ時間がかかりそうな感じか。思いのほか難儀な事件だね」
「せやな。でもちんたらしてる暇はあらへん、お前もちゃかちゃか働き」
「ハイハイ、わかってるよ。ところで北さんは?」
「北さんなら狐の知らせで船着場に向かったわ。例の荷を積んだ船が着いたんやと」
「ああ、なるほど」
「アレが来たら俺らも一仕事やな」
そんな会話を傍らで静かに聞いている姉ちゃん。
不思議そうにしながらも、あえて話の中には入らないように努めている。
それは、妖と人との間には踏み込まない方が良い境界線も存在しているからだ。
例えば今夜、ここに運び込まれてくる物もその一つである。
荷の中身は妖狐の妙薬にも使われる貴重は原料であるのだが、物が物だけに人である姉ちゃんの目には触れることがないようにと頭の北さんから俺らはきつく命じられている。
だが、別に見たからと言って呪われるような物でもないのだ。
ただ刺激が強すぎて姉ちゃんが卒倒してしまうんじゃないだろうかと懸念されているだけで。
「まあ、そう言うことやから姉ちゃんは俺らが良いって言うまで部屋から出て来たらあかんで?」
「うん、わかってるよ」
「ちゃちゃっと終わらせるから、なまえちゃんええ子で待っとってなぁ」
姉ちゃんがこくりと素直に頷く。
それから俺とツムで姉ちゃんを部屋まで送り届けた。
俺が部屋の襖をぴたりと閉めると、どこからともなく現れた一匹の狐が、頭が戻ってきたことを知らせてくれた。
ツムと共に足早に蔵へと向かう。
屋敷に運び込まれた例の物は人目につかぬよう、すぐに蔵へと移されるのだ。
そこで物の状態を確認し、特殊な封印術を施して厳重に保管するのである。
「…なあ、ほんまになまえちゃん一人にして平気やったんかな」
蔵へ向かう途中、ぽつりとツムがそんなことを呟いた。
俺は足を止めてツムの顔を見る。
「この屋敷には結界が張られとるんやぞ。屋敷内におれば、人殺しは姉ちゃんを見つけられへん」
「そんなんわかっとるわ。ただ、俺が言いたいのはそうやなくて…」
「?なんやねん、ハッキリ言えや」
何やら神妙な顔で口を開きかけたツムが、「…いや、やっぱなんもないわ」と首を軽く横に振って再び歩き出す。
その引っかかる片割れの言動に俺は一度首を傾げたが、今は仕事が先だと頭を切りかえてツムの後を追ったのだった。