01



あと15分で昼休みが終わる。
借りていた本を図書室へ返却した帰り、自分のクラスに戻る途中でふと足が止まった。

誰も居ないはずの空き教室に人が居る。
廊下側から見えたその人影は小柄で、スカートを履いていることからすぐに女子生徒だとわかった。
それによく見ると、うつむいているその横顔は俺の知っている人物だった。

「…宮さん?」

静かにドアを開けて声をかけると、彼女はハッと顔を上げてこちらを見た。
驚いたように丸くなった目が俺をとらえると、少しだけホッとしたように瞳を細めて眉尻を下げる。
やっぱり宮さんで間違いなかった。

「北くん…」
「こんな所で何しとるん?もう昼休み終わるで」
「うん、そうなんやけどね…」

俺の言葉に困った顔で微笑んだ宮さんは何かあるのか、その場から動こうとする気配がない。
そして俺から視線をそらすと、またうつむいてしまった。

いつもと違う様子の宮さん。
なんとなくだが、今彼女を一人にしてはいけない気がした。

俺は空き教室の中に足を踏み入れて、彼女のそばに歩み寄る。
うつむいているせいなのか、その表情はあまり明るくない。

「何かあったん?」
「ううん、何もないの…」
「そうは見えへんよ。もし話したくないことやったら無理に聞かんけど、俺で力になれることなら言うて欲しいとは思う」

一人で抱え込んだらあかんよ、と俺が続けると宮さんはゆっくりと顔を上げた。
「北くんは優しいね」と笑ったその顔は俺が今まで見てきた宮さんの笑顔のどれにも当てはまらないもので、どうしてそんな泣きそうな顔をして笑うのだろうと俺の胸の方がなんだか苦しくなった。

「ちょっとね、嫌なことがあって…それで落ち込んでたと言うか…」
「嫌なこと?」
「うん…でもこれが初めてってわけじゃないんよ、いつもあることだったから…」
「………」
「いい加減、慣れないとダメなのにね…」

宮さんは決して直接的なことは話してはくれなかった。
でもこの時の俺はピンときてしまって、きっとそういうことなんだろうと思ったのだ。

宮姉弟。
一際異彩を放つ双子と、そんな弟を持つ姉。
秀でた兄弟を持つとそこを比べられると言うのはよく聞く話だが、彼女の場合はそれだけに留まらないものが付き纏っていることに俺は少し前から気づいていた。
男の俺から見ても男前な顔をしているあの双子はそのルックスから女子から絶大な人気を得ている。
そんな弟の姉で、しかも弟から大切に思われ愛されているとくれば、女子からの妬み恨みを買ってしまうのも必然だった。

俺がときどき耳にする宮さんへの嫌味なんて、きっと彼女が受けてきた痛みのほんの一部に過ぎない。
双子と共に生きてきたこれまでの時間の中で、彼女は一体どれだけ多くの我慢をして、ひたむきに笑ってきたのだろうか。

「そんなん、慣れたらあかんよ」
「え…?」
「慣れてもうたら、宮さんの心が壊れてまう」

もうすでに傷だらけなのかもしれない。
上手く笑えないぐらいに痛くて、苦しかったのかもしれない。
だったらもう、これ以上傷つかないで欲しい。

「なんでも我慢する必要なんてない。お姉ちゃんやからって、ええ子でおる必要もない。そんなに頑張らへんでもええんやで」
「北、くん…」
「俺は弟じゃないんやし、今ぐらいはお姉ちゃんやめてもええんとちゃう?」

ガラス玉みたいに綺麗な瞳に、うるりと涙の膜が張った。
慌てて俺に背を向けた宮さんの小さな背中が少しだけ震えている。

こんな時、どうしたら正解なのだろう。
男なら抱き締めてやるべきなのか。
いやでも、俺にはまだそんな資格なんて…

「北くん、ありがとう…」
「…おん」
「それから、このことは弟には内緒にしておいて欲しいの…」
「わかっとる、俺の口からは言わへんよ」
「うん…ほんまに、ありがとう…」

指で目元をそっと拭った宮さんが、ひとつ深呼吸をして、くるりと振り返る。
ふわりと笑ったその顔はもういつも通りの宮さんだった。

「教室、戻ろっか」
「もう平気なん?」
「うん、大丈夫。北くんが来るまでは、午後の授業サボっちゃおうと思ってたけど…」
「そうか…。でも、たまにはええんとちゃう?」
「えっ?」
「息抜きや、息抜き。それに俺も1回やってみたかったしな」
「やってみたかったって、サボりを…?」
「おん、人生初のサボりや」

なんかワクワクするわと俺が笑えば、宮さんは丸くした目をぱちぱちと瞬かせた後で、眉尻を下げておかしそうに笑った。

「このことは俺と宮さんの秘密やで」
「うん、二人だけの秘密ね」

二人だけの秘密。
その響きはどこか甘やかだった。




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