08



死体の身元は町で働く大工の男であった。
印半纏を着ていたことから職人だと判明したらしい。
死体を発見したのは事件現場の近所に建つ寺の住職で、その者が番屋へ届け出たことから岡っ引きが出動する騒ぎへと進展したのだとか。

「男は棟梁として六人ばかり人を使っていたそうだ。腕の立つ大工で、人間性も悪くはなかったと聞いている」
「それやと尚のこと殺された理由がわからへんな」
「借金があるとかで金で揉めてたんとちゃいます?」
「いや、それらしい話は出てきていない」
「ほんなら女絡みとか」
「それは絶対無いね。その大工、前に見かけたことあるんだけど鬼瓦みたいな顔しててさ。俺、ふき出しちゃったんだよねー。あれじゃ女は寄り付かないよ」

天童が話しながら甘い茶菓子を口の中にぽいっと放り込む。

「でもまあ、あんな殺され方してさすがにカワイソウだとは思ったけどね」

首が切り落とされてたなんてさ、と言葉が続いたところで「えっ…?」と宮さんが声を漏らした。
その顔は驚きと困惑に満ちている。

「天童くん…今、何て言ったの…?」
「ウン?俺はね、首が切り落とされてたって言ったんだよ」

繰り返された天童の言葉に、宮さんは言葉を失ってしまった。
そしてしばし黙り込んだ後に恐る恐る再び口を開いたのだ。

「わたし、角名くんに死体なんて見ない方が良いって言われたんやけど…どうしても気になって見ちゃったんよ…。でもあの夜、わたしが見た時には絶対あったと思うの…」
「あった?何があったん?」
「だからその、首…」

首。
宮さんは確かにそう言った。

「切り落とされてなんて、なかったよ」

その一言はこの場を一瞬、しんと静寂にさせるだけの力があった。
双子が驚きに目を瞬かせて互いの顔を見合う。

「え、それどゆこと?なまえちゃんと角名が見つけた時には、死体の首と胴は繋がってたっちゅうことなん?」
「いやいや、意味わからなすぎるやろ。もう殺しとるのにわざわざ首を切り落としに戻ったりするか?」

双子の言っていることもわかる。
普通であれば犯人の行動は有り得ないものだ。
だがしかし、宮さんが見たと言うのならそれも事実なのだろう。
俺は自身の顎に片手を添えて考え込んだ。

何で犯人はそんなことをしたんやろか

「町の方では武士の試し切りの被害にあったのではないかと話が進んでいるようだが、どうやらもっと深い何かがありそうだな」
「ダネ。第一、武士なら刀でスパッと一発で切り落としていくでしょ」
「わたしはよく見えなかったけど、角名くんは犯人の持ってる凶器が刀よりも刃渡りが短いものって言ってた…」
「じゃあやっぱり犯人は武士じゃないね」
「そういや、角名は犯人のこと物取りっぽいとも言うてたな」

妖狐の中でも角名は夜目がきく方だ。
見間違えることはまずないと言って良い。
では武士ではないなら、本当に犯人は物取りなのか。
しかしただの物取りが果たして殺すだけでは飽き足らず、首まで切り落としていくのだろうか。
そもそも大工の棟梁がなぜ夜中にあの場所に居たのかも疑問である。

「現段階では我々もまだ情報不足と言うことがわかった。引き続き調査を行い、犯人の足取りを掴めるよう努力しよう」
「すまんな、人手が足りひんくてそちらさんの手を借りることになってしもて」
「構わない。それだけ緊急な案件と言うことだろう」
「その通りや。今回の犯人はうちにとって、長々と野放しにしとくわけにはいかへん男やねん」

双子の話によれば、宮さんは顔を犯人に見られている可能性が高いとのことだった。
彼女の身を守るには一刻も早く危険因子を見つけ出し、手を打たなければならない。
そのためには天狗の手すらも借りたい所なのだ。

そうして話が一段まとまったところで、「失礼します!」と障子を開けた五色が姿勢良く頭を下げた。

「牛島さん、鷲匠先生がお呼びです」
「ああ、今行く」

静かに立ち上がった牛島を見て、俺らもこの辺で失礼しようと腰を持ち上げる。
天童と白布に俺らの見送りを申し付けた牛島は五色と共に先に客間を出て行った。

「賢二郎、なまえちゃんへのお土産準備しといてくれた?」
「はい、ここに用意してあります」
「そんな、お土産なんていただけないよ」
「いーのいーの。これは俺の気持ちなんだから」

白布が用意した包みには恐らく今日出された茶菓子が詰められているのだろう。
それを宮さんの手に持たせた天童は「またね、俺の女神」と言いながらも、彼女の手をいつまでも離そうとしなかった。
痺れを切らした侑が宮さんから天童を引き離しにかかったのは言うまでもない。




人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -