07



白鳥沢の天狗。
彼らは様々な薬を持っており、前に宮さんが風邪で喉をひどく痛めた時も白冬湯と呼ばれる薬湯を譲ってもらったことがあった。

今日はその天狗達のもとへ足を運んでいる。
俺と宮さん、そして彼女の護衛に双子も連れて。

「こんにちは!どこか調子が悪いんですか?」
「えっと、今日はそうじゃなくて…」
「今、白布さん呼ぶんで待っててください!」

五色工。
白鳥沢の天狗達の中でも彼はかなり若い方だ。
ハキハキと喋る五色はくるりと背を向けて奥に引っ込んでしまった。
「ったく、話を聞かん奴やなぁ」と侑が顔をしかめる。

それから少しして、奥から五色と入れ替わりで別の天狗がやって来た。
その者の名は白布賢二郎。
前に宮さんに薬を処方してくれた男である。

「五色の言ってた客ってあんた達のことだったのか」
「白布くん、こんにちは。実は今日は…」
「はい、黙って口開けて」

白布はさっと宮さんに手を伸ばすと有無を言わさず彼女の口を開かせた。
どうやら喉の腫れがないか見ているようだ。

「あ…あの、風邪じゃないんよ」

慌てて身を引く宮さんに代わって侑が前に出て行く。

「なあ、俺らウシワカに用あって来とんねん。せやから早いとこ呼んでくれへん?」
「…あ?牛島さん、だろうが」
「…は?」

その物言いが互いの癪に障ったのだろう。
真正面から向き合ってバチバチに睨み合う二人。
ひとまず侑を下がらせようと俺が口を開きかけた所で、「やめろ、白布」と先に制止をかけたのは白鳥沢の頭を務める牛島若利であった。
牛島の一声により白布が「すみません…」と大人しく引き下がる。

「うちの者がすまなかった」
「いや、先にふっかけたのはこっちや。おい侑、お前も言うことあるやろ」
「す、…すんませんっした…」

頭を下げてしぶしぶ謝る侑を見て、治が「アホ」と小さな声で呟いたのが聞こえた。

「白布、この者達を客間へ案内してやれ。俺は後から向かう」
「わかりました。茶菓子の用意もしておきます」
「ああ、頼んだぞ」

「ではこちらへ」と先導を務める白布の後をついて場所を移動する。
俺らが通された客間は裏庭に面した一室で、中に入ると襖に墨で描かれた白鷲の絵が出迎えた。

「すごい、今にも動き出しそうな絵やね」
「ほんとに動くんで気を付けた方が良いですよ」
「えっ」

白鷲の絵をまじまじと見つめていた宮さんが驚いて白布の顔を見る。
すると彼はそんな宮さんの反応にフッと小さく笑って「なんてね、冗談です」と言って、手際良く茶を淹れはじめた。

「おい、毒とか入れてへんやろな?」
「心配しなくても、お前のだけはセンブリだから安心して飲めよ」
「ふぅん、センブリ…って、はあ!?」

センブリとは胃薬として効能が高い代物である。
だが苦さも一番で、口が曲がるような味がするのだ。

「お、この茶菓子うまいな」
「ほんまやね。甘くておいしい」
「ああそれ、天童さんのオススメだそうですよ」
「天童くんの?」

治と宮さんが甘い茶菓子を口にしていると、スパン!と障子が勢いよく開かれた。

「会いたかったよ〜!俺の女神ちゃん!」
「天童、障子は静かに開けろ」

遅れてやって来た牛島と共に現れた赤髪の天狗。
彼は足取り軽く宮さんの所へやって来ると、彼女の右隣に座っていた侑を押し退けて強引にそこに座った。
宮さんの顔を見つめながら「それおいし?あとでお土産にいっぱい持たせてあげるネ」と満面の笑みを浮かべている。

この男の名は天童覚。
彼は昔、宮さんに助けられた深い恩があるとかで宮さんにだけはやたら気を許している天狗である。

「おい!何すんねん!ちゅうか、なまえちゃんに近いんじゃボケ!離れろや!」
「そう言えばなまえちゃん、この間怖いめにあったでしょ?カワイソウに」
「聞けやコラァ!」
「ツムの奴、ガン無視されとるやんけ。おもろ」
「何わろてんねんサム!」
「侑、ええ加減にせぇや。俺らは大事な話をしに来たんやぞ」

俺が「座れ」と命じると、侑は苦虫を噛み潰したかのような顔で立ち上がりかけの体勢から再び座布団に腰を下ろした。
そう、俺らはここに薬をもらいに来たわけでも、茶を飲みに来たわけでもないのだ。

「狐くん達はさ、松の木の下で殺された男のことを聞きに来たんだよネ?」

天童が机に頬杖をつきながら、きゅっと瞳を細めて俺を見る。
これが噂に聞く「サトリ」かと思わず感心した。
少し先の未来を読むことができる彼の特殊能力だ。

「本題に入る前に確認しておきたいことがある。本当に彼女を同席させるのか?」
「言いたいことはわかっとる。でも今回ばかりは宮さんにも一緒におってもらわなあかんねん」
「そうか…。だが、もし気分が悪くなるようであればすぐに言え。白布に別室まで連れて行かせる」

牛島が気にかけるのも無理はなかった。
人が殺められたのだ、どう足掻いても血なまぐさい話になる。
俺としても本当ならこのような話は彼女の前でしたくはないのだが、聞いたところによると宮さんは今回の事件の第一発見者に該当していることから、ここに連れて来る他なかった。
同時刻に彼女と居合わせた角名でも良かったのだが、現在角名は別の場所で動いているため、やはり彼女しか適任は居なかったのである。

「牛島くん、ありがとう。でもわたしなら大丈夫…ちゃんと知りたいんよ、どうして人が殺されなくちゃいけなかったのか…」

背筋を伸ばして牛島と真っ直ぐ目を合わせた宮さんの顔は真剣だった。
牛島がやや間を置いてから、静かに一度頷く。

「わかった。では、始めよう」

松の木の下で発見された男の死体。
その顛末が今語られる。




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