05



まだ俺とサムに「宮」の名字が無かった頃。
幼い俺らは人間の元へ遣わされ、この屋敷に現れた。

「なまえ、起きとるかい?」

俺らを連れた親父さんが蚊帳越しに声を掛ける。
その呼び掛けに応えて、ゆっくりと布団から身を起こしたのは小さな女の子だった。

親父さんの一人娘である宮なまえちゃん。
なまえちゃんはひと月前に病気を患ってしまい、なかなか治らずにもうずっと寝込んでいる状態らしい。

「さあ、二人もこっちへ」

親父さんに手招きされて、サムと一緒に蚊帳へと近づく。
そこでやっと蚊帳の中からそうっと顔を出したなまえちゃんと目が合った。

「今日からなまえの弟になる子達だよ」
「弟…?」
「はじめまして、侑言います。ツムって呼んでください」
「はじめまして、治言います。サムって呼んでください」

ぺこりと頭を下げて挨拶をする。
なまえちゃんはきょとんとした顔で俺とサムのことを見ていた。
あまりにも綺麗な目でまじまじと見つめてくるから、俺らは内心ドキドキだった。

「ツムくんと、サムくん?」
「おん、俺がツムの方やで。お姉ちゃんはなまえちゃん言うん?」
「うん、宮なまえです。えっと、ほんまに二人がわたしの弟に…?」
「せやで。姉ちゃん、俺らと仲良うしてや」

サムが片手を差し出して握手を求めると、なまえちゃんは途端にふわっと笑ってその手を両手で握った。

「うん、サムくんよろしくね」
「なんやねん!サムだけずるい!」
「ツムくんもよろしくね」
「!おん!」

今度は俺の手をぎゅっと両手で握ってくれたなまえちゃん。
嬉しそうに笑うその顔と柔らかい手に胸がきゅっとする。
でもなまえちゃんの手のひらはやけに熱くて、すぐに熱があるのだと気づいた。

「なまえちゃん、起きてて平気なん…?」
「しんどいなら寝とってもええよ…?」
「ううん、大丈夫。今日はいつもより、楽な方やから」

そう言って眉尻を下げて微笑むなまえちゃんに、今度は違う意味で胸がきゅっとした。
この瞬間、俺とサムは強く自覚したのである。
なまえちゃんのことは俺らが守ってやらねばならないのだと。

「なまえのこと、どうぞよろしゅう頼みます」
「おん、俺らに任せてや」
「約束はちゃんと守るで」

幼い俺らに頭を深々と下げる親父さんを見たなまえちゃんが不思議そうに小首を傾げる。
そしてゆっくりと頭を上げた親父さんは穏やかな笑みを浮かべると、娘の頭を優しく撫でた。

「なまえ、うちの庭に祠があるのは知っとるね?」
「うん、狐の神様の祠でしょう?」
「そうだよ。実はうちはね、なまえが生まれてくるまでは子どもに恵まれへん時期が長く続いとったんよ」

親父さんの話をなまえちゃんは静かに聞いていた。
俺もサムも大人しく座って、耳を澄ませる。

親父さんとその奥さんはなかなか子を授かれず、お稲荷様に願掛けを始めたこと。
毎日毎日、熱心に子が欲しいと祈り続けたこと。
そうして生まれてきたのがなまえちゃんであることを、親父さんは大切そうに瞳を細めて語った。

「だからなまえは生まれた時から神様に守られてきた子どもなんやで」
「神様に?でもわたし、神様に会ったことない…」
「はは、そら神様やから簡単には人前に現れへんよ。でもその代わり、神様は妖を遣わして下さる」
「妖…?」
「俺らのことやで!」
「えっ?…、ひゃっ!」

俺が意気揚々と立ち上がると、こちらを見たなまえちゃんは小さく悲鳴をあげて親父さんの後ろに隠れてしまった。

あ、勢い余って狐の耳と尻尾が出てもうた

隣にいるサムにどつかれる。
親父さんは落ち着いた様子で笑っていた。

「なまえ、大丈夫だよ。この子達は神様が遣わしてくださったなまえを守ってくれる存在なんやから。ほら、何も怖くないやろ?」
「怖くはないけど…」

人でないものを見たのは初めてだったらしく、なまえちゃんは驚いてつい隠れてしまったようだ。
そうっと親父さんの後ろから顔を出して、俺とサムのことを見ている。

「妖でも、わたしと一緒にいてくれるの…?」
「もちろん。なまえの弟になるんやから、これからはずっと側にいてくれる」
「驚かしてもうてごめんな。何もせぇへんから、こっち来てや」
「俺らは妖やけど、姉ちゃんの味方やで」

そう声を掛けるとなまえちゃんはおずおずと頷いてくれて、再び俺らの前に出て来てくれた。
それから恥ずかしそうに「わたしも、ごめんね」と呟いた。

「俺らの姉ちゃん、かわええな」
「な!めっちゃかわええ」

可愛いらしいお姉ちゃんが出来て、俺もサムもニコニコになる。

俺らはこれからこの屋敷でなまえちゃんと暮らしてゆくのだ。
親父さんの願い、なまえちゃんを生涯守り抜く約束を胸に生きてゆく。
それが俺ら双子に与えられた使命。

「さてなまえ、そろそろ薬を飲んで横になろう。弱った体に大層よく効く薬をいただいてあるんや」
「またお薬…」
「ごめんな、もうこれで最後やから我慢して飲んでおくれ」

親父さんが懐から紙包みを取り出し、それを開くと黒い丸薬が一つ入っていた。
これは実は妖狐の妙薬なのだ。
不思議なぐらいによく効くこの薬ならなまえちゃんの病も必ず治る。

俺とサムで部屋に置いてあった水差しと湯飲みを持って来て水を注いであげた。
なまえちゃんはちょっとだけ嬉しそうに「ありがとう」と笑ってくれた。

それから薬を飲んで間もなく、なまえちゃんは布団に横になると眠くなってきたのか目がとろんとし始めた。
でもなまえちゃんはまだ俺らと話がしたいらしく、寝まいと頑張っている。

「なまえちゃん、俺ら側におるから安心して寝てや」
「せやで、姉ちゃん。これからはずっと一緒なんやから、起きたらまたお話しようや」
「うん、そうやね…」

ほっと気を緩めた顔で微笑んだなまえちゃんの目蓋がゆっくりと閉じてゆく。
少しすると静かな寝息が聞こえてきて、俺らも安心した。

外では蝉が喧しく鳴いていて今日はとりわけ暑い日だと言うのに、なまえちゃんの寝顔は暑さを感じさせない気持ちの良さそうな表情だった。




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