03



何とも居心地が悪かった。
それは侑と治が原因だ。

なまえさんの夜の無断外出。
それに加え物騒な者にまで出会した。
これはもう双子が口うるさく彼女に注意をするだろうとばかりに予想していたのだが、それが特に何も無いのだ。
不自然なぐらいにその話に触れようとしない。

これにはなまえさんもいたたまれなくなったのか、先に口を開いたのは彼女だった。

「あの、二人とも…怒ってないの…?」
「なんやなまえちゃん、怒って欲しいん?」
「そういうわけじゃないけど…」
「心配せんでも怒っとるよ」

そう言ったのは治の方で、顔の下から提灯の明かりが当たっているせいで凄味をおびている。

「あとで今日のことをちゃんと話してもらうで」
「はい…」

それから間もなく、目の前に瓦屋根と漆喰壁の屋敷が大きな影となって姿を見せた。
双子が前に立つと、するりと門が開く。

「お帰りなさいませ」

出迎えたのは妖狐に仕える狐達だった。
頭を下げる狐達の前を通り、屋敷の敷地内に入ると裏庭を通ってそのままなまえさんが寝起きをしている部屋へと向かう。

「北くんにはわたしのこと言ってないの…?」
「言えるわけないやん、あの人に言うたらそれこそ大騒ぎになるで?」
「稲荷崎の妖狐総出で夜の中を捜索、なんてことになってただろうね」
「こんなんバレたら、俺らバチクソに怒られるわ」

脳裏にあの有無を言わせない瞳が過ぎり、思わずぶるりと背筋が震えた。

稲荷崎の妖狐の頭、北信介。
この人にだけは今回の件は知られてはいけない、それは双子も俺も同じ考えだった。

しばらくして、俺達はなまえさんの部屋の前に到着した。
だが襖を開けてみると畳の真ん中に布団で海苔巻のように巻かれた何かが転がっていたため、俺は目を丸くする。
しかもそれは縄で縛られている上に、狐達に周りから押さえ込まれて身動きを封じられているようだった。

「!?理石くん…!?」
「え、これ理石なの?」

布団の塊を見て顔色を変えたなまえさん。
これの中身はどうやら俺達と同じ妖狐の者らしい。

その名は理石平介。
俺や双子よりも後輩の妖狐である。
なんでもなまえさんは屋敷を抜け出すにあたって、理石に自分の姿に化けて部屋で寝たフリをしていてほしいとお願いをしたらしい。

なまえさんってそんな大胆なこともするんだ

なんか意外かも

「理石がいくら上手く化けても、俺の鼻は騙せへんで」

侑が布団巻にされている理石のそばへ歩み寄ると、狐達はその場から離れて薄暗い部屋を出て行った。
なまえさんはみるみる申し訳なさそうな顔になって侑と治を見上げる。

「もう理石くんを許してあげて…?わたしが無理を言ってお願いしたことなのに、このままじゃあまりにもかわいそう…」
「あかん。お願いされたからって、姉ちゃんを夜歩きに出した罰や」

ピシャリと言い放ったのは治だった。

「理石はええ奴やけど、今回の件は許されへん」
「せやで。きっついお灸を据えてやらへんとな。いっそこのまま井戸にでもつるしとこか?」
「それええな。そうしよか」
「や、やめてあげてよ、もし落ちたら溺れちゃう…」

双子の容赦ない罰の内容になまえさんが眉尻をこれでもかと言うぐらいに垂れ下げる。
布団の中では理石も今ごろ青ざめていることだろう。

「勝手に出かけてごめんなさい…」
「ほんまになんで夜歩きなんかしたん?ああ、でも今はそれよりもあれやな…姉ちゃんが人殺しに行き合ったってことの方が大事か」
「あの、うん…そのことも話すから、先に理石くんを許してあげて…?」
「んー、なまえちゃんがそこまで言うならしゃあないなぁ」

侑が片手で縄の端を引っ張ると、きつく縛られているように見えた結び目がはらりと解けた。
布団の中からよろよろと理石が這い出てくる。

「なまえさん、すんません…」
「ううん、わたしがいけなかったの…ほんまに、ほんまにごめんね…」

理石はなまえさんだけでなく、双子や俺にも頭を下げて何度も謝罪をすると空気を読んで部屋を静かに出て行った。

本当は俺も早く休みたいところだけど…

俺の方を振り返った治が、そこに座れと目で言っている。
これはもう刃物を持った男に追われた話を、洗いざらい説明しなければ解放してもらえなさそうだ。
俺はため息をついて、なまえさんの隣に腰をおろした。

「追ってきた人殺しはどんなやった?」
「男の人、だったよね…?」
「そうだね、わりとがっしりした体つきの奴だったよ」
「そいつがなまえちゃんの所に現れよった時にはもう人を殺した後やったん?」
「うん…血の臭いがするって、角名くんが気づいてくれて…」
「その後は?」
「追われたよ。逃げたけどしつこくてね」

そこまで話すと、治は曇った表情のまま「そらあかんな…」と呟いた。

「姉ちゃんの顔を見られてもうたかもしれへん」
「えっ…」

その言葉になまえさんの顔色が途端に戸惑いに染まる。

「でも、ほんまに暗かったし…提灯を持っていても先が見えないくらいだったんよ。相手が人間なら、わたしと同じでお互いの顔なんて見えなかったはず…」
「なまえちゃん、その男は自分の提灯を持ってたん?」
「…!」

なまえさんがハッと息を飲んだ。
そして小さく首を横に振る。

ああ、なるほど

確かにこれはまずいことになったな…

「明かりがなまえちゃんの手元にあった提灯ひとつだけやとな、闇の中ではなまえちゃんの姿が一番明るく見えんねん。せやから、男からはなまえちゃんの顔が見えとった可能性が高いっちゅうことや」
「あと姉ちゃんが持って行った提灯、稲荷崎の印字が入ったやつやろ?こっちは顔よりも見やすいし、相手は姉ちゃんの住んどる土地も把握したかもしれへん」

双子にそう言われて、なまえさんは不安げに視線を落とした。
思っていたよりも状況が悪い方向へ傾いているのだと、じわじわ呑み込めてくる。

「俺がその人殺しやったら、多分このままなまえちゃんを放ってはおかんと思うねん」
「うん…」
「ほんまに見られたと決まったわけちゃうけど、どっちが真実かなんてそいつにしかわからんことや。せやから姉ちゃん、犯人が捕まるまでの間は昼間でも屋敷から出たらあかんで」
「うん…」

なまえさんはすっかり落ち込んでいるようで、その声からは力が感じられなかった。
だが今回ばかりは双子の言う通りであるため、俺も言い返してあげられる言葉がない。

こんなことなら、男を殺しておくんだった

「ツム、角名。明日から狐達も使って俺らで情報を集めるで」
「え…マジで言ってんの?相手は物取りっぽかったし、町の岡っ引きに頼めば捕まえてくれると思うんだけど…」
「アホか!なまえちゃんの命がかかっとんのやぞ!用心棒の俺らが動かんでどないすんねん!」
「いや、用心棒はお前らの仕事じゃん…」

一応俺はやりたくないと言う雰囲気を出してみたが、侑も治も完全にそれを流して今後のことについて話を進めている。
面倒だなと思ったのが正直な気持ちであるが、こうなるともう止められない。
それから話がまとまると、双子はなまえさんの方へと向いた。

「なまえちゃんのことは俺らが守ったるからな」
「すぐ犯人見つけ出して二度と悪さできへんようにしたるから、少しの間だけ辛抱してや」
「ツムくんもサムくんも、ありがとう…。それから角名くん、ほんまにごめんね…」
「まあ…しょうがないけど、良いよ。今回は俺の判断ミスでもあったわけだし」
「ほんなら、人殺しの話は今日の所はここまでやな」
「なまえさんも疲れてるだろうし、ゆっくり休んだ方がいいよ」
「なまえちゃん、これ寝間着やで。着替えるの手伝おか?」
「下心丸出しのアホなこと言うてへんで布団直すの手伝えや」

治と侑がぎゃいぎゃい言い合いながら乱れている布団を敷き直している傍らで、なまえさんが羽織を脱ぐ動作が見えたため、着替えの邪魔にならないよう部屋を出て行くことにした。
だがあの双子は弟だからと言って当然のように中に残っていた。




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