02



月の顔が見えて夜道は歩きやすくなったが、空気は重かった。
俺の横を歩くなまえさんがぽつりと口を開く。

「ほんまに人を呼ばなくて良かったの…?」
「あれは死体だよ、人を呼んだところで助かるわけじゃない。朝になれば誰かが見つけるんだから、俺達が関わる必要は無いよ」
「それはそうやけど、でも…」
「なまえさんは死体のことよりも自分の心配をした方がいいと思うけどね。侑も治も、今ごろ血相変えてなまえさんを探してるに決まってる。これ以上帰りが遅くなるのはまずいんじゃないの?」
「………」

俺の言葉になまえさんは黙り込んでしまったが、それでも先ほどの出来事が気になっているような様子だった。

お互いに無言になって道なりに足を進める。
少し開けた場所に出ると、瓦屋根の連なりが見えてきた。
もう屋敷まで近い。
ようやく一安心、と思いきや。
急に現れた二つの提灯に行く手を塞がれた。

「やっと見つけたわ」
「なんで角名とおんねん」

目の前には同じ顔を持つ二人。
双子の妖狐、宮侑と宮治だ。
なまえさんにとっては弟のような存在であり、なまえさん専属の最強の用心棒。

「そう怖い顔すんなよ、なまえさんも色々あったんだから」
「角名…お前が姉ちゃんを連れ出したんか?」
「まさか。俺は偶然見かけたからお供してただけだよ」
「ほんまか?なまえちゃんに何もしてへんやろな?」
「サムくん、ツムくん…そんなふうに言わんといてあげて。角名くんはわたしを助けてくれたんよ」

そう言ってなまえさんが双子の側に寄ると、二人も両脇から守るように彼女に寄り添った。

「姉ちゃん、こんな夜にどこ行っとったん?」

治が眉根を寄せてなまえさんに尋ねる。
普段は姉として慕う彼女に大層甘い男であるが、今回は彼女の起こした行動に怒っているらしく、厳しい目でじっとなまえさんを見下ろしている。

だが、なまえさんは何も答えなかった。
ふいっとその強い視線から顔を背けて、返事をしないまま歩き出そうとする。

「おっと、話は終わってへんで?」

今度は侑が身をかがめて目を合わせてきたため、なまえさんは先には行けなかった。
治同様に侑もなまえさんには呆れるほどにベタ惚れで、基本的には彼女のためならとことん尽くす男であるが、今日のように聞いて欲しくないことがある時にはこちらの方が厄介だった。

なまえさんの目の前にある顔がにこぉと不気味に笑う。
わかる者にはわかる、人でなしの笑顔だ。

「なまえちゃん、なんで何も教えてくれへんの?俺らのこと信用できへん?」
「そんなことないけど…」
「ほんなら、どこ行って………あ?」

話をしていた侑から急に笑みが消えた。
そしてその顔つきが、みるみる内に引きつる。

「血の臭いや!なまえちゃん、どっか怪我しとる!?」
「なんやと!?怪我!?」
「きゃっ…!」

侑の言葉に瞬時に顔色を変えた治があっという間になまえさんの体を抱き上げ、傷の有無を確かめにかかった。

「ま、待って、怪我なんてしてへんよ…!」

なまえさんが声を上げるが、こうなると双子は確認するまで引き下がりはしない。
二人にとってはなまえさんが第一で、二など無いからだ。
侑も治も、幼い頃からいつもなまえさんの側にいて守ってきた。
だがそれがあまりにも過保護であるため、なまえさんはたまに困ったりもしている。

「侑、治。なまえさんは怪我なんてしてないよ。道の途中で人殺しと行き合ったもんだから、その臭いが移ったんだろうね」  
「!角名くん、それは言ったら…」
「「人殺しィ!?」」

双子の視線が俺となまえさんがたどってきた道へと素早く移る。
当然だが、人影や刃物のぎらつきなどもうどこにもない。
ふう、と息を吐いた治がゆっくりとこちらへと視線を戻す。

「…角名、疑って悪かったわ」
「別に気にしてないよ」
「なまえちゃん、怖かったよな。はよ屋敷に帰ろう」
「うん…」

侑がなまえさんの背に手をかけて帰りを促した。
その後を治が追い、俺も最後尾をついて歩く。

流れる雲が再び月を覆った。
訪れた深い闇の中へと四人が姿を消す。
どこか遠くの方で狐が、こぉんと鳴いているのが聞こえた。




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