05



高校3年、春。
新入生の入学式を終えるまで体育館は使用不可となっていたが、それも無事に終わり、今日から部活動が再開される。

「北くん」

放課後、同じクラスになった練と共に教室を出たところで声をかけられた。
その柔らかいソプラノボイスの持ち主は稲荷崎男子バレー部のマネージャーである双子の姉だ。
彼女はこちらに歩み寄ると「はい、これ」とプリントの束を手渡してきた。
見れば、それは名前が記入済の入部届けであった。

「…そうか、こう言うのも俺の手元に来るようになるんやな」
「そうだよ、もう北くんが主将さんやからね」

どこか嬉しそうに笑う宮さんに胸の辺りがこそばゆくなる。
1月の春高後、監督に名を呼ばれ『1』の番号が入ったユニフォームをもらった日のことを俺は決して忘れないだろう。
結果よりも過程が大事、結果は副産物だと考えていた俺が涙をこぼしてしまうほど嬉しいと感じた出来事だったのだから。

「ねえ!あそこ誰か取っ組み合いのケンカしとる!」
「ほんまや!あれって宮兄弟やない!?」
「また!?ほんまようやるわぁ!」

何やら急に騒がしくなったと思えば、窓の外を見ている生徒達が「宮兄弟や!」と口を揃えて指さしていた。
校内ではバレー部名物とも言われ始めた双子の乱闘。
周りはそれを見て楽しんでいるようだが、同じバレー部であり主将ともなった立場の俺からすると笑い事では済まされない。

これも俺の責任になるわけやしな





足早に乱闘現場へ向かうと双子が互いを罵り合っている声が聞こえてきた。
周囲にはギャラリーすらできている。
その中にはバレー部の後輩にあたる角名もいて、スマホを片手にカシャカシャと撮影をしているようだった。

「こんのクソブタァ!今日と言う今日はもう許さん!とっとと返せやコラァ!」
「だぁから!もう返せへん言うてるやろがい!しつこいんじゃボケェ!」
「お前らほんまにええ加減やめぇや!北さん来ても知らんぞ!?」
「もう来とるで」
「ヒィッ…!?」

俺の声に銀の肩が大げさなぐらい跳ねた。
ギギギとぎこちない動きで首を動かし、振り返ったその顔はまさに顔面蒼白。
暴れていた双子もピタリと動きを止め、冷や汗をダラダラ流しながら硬直している。

「原因は何や」
「あ、あのこれは…」
「ちゃ、ちゃうんですよ北さんこれは…」
「原因は何やて聞いとるんやけど」

うるさかったのが嘘のように、しんと辺りが静まり返る。
野次馬はいつの間にか退散し、気づけばこの場にはバレー部しか残っていなかった。
角名は自分にも説教が飛び火してくるのを恐れたのか、少し離れたところに立っている練と宮さんのそばに身を寄せている。

「こいつが、俺のを…奪いよったんです…」
「何を?」
「じゃ…じゃがりこ…」
「侑、お前治のもんをとったんか?」
「いや、その…てっきり角名のやと思ってて…ほんならええかと思って、食うてもうて…」
「なんで『ええか』って思ったん?例え角名であったとしてもそれは人のもんで、お前のもんやないやろ」
「す、スンマセン…」
「治、お前も腹立つとすぐ手ぇ出すのやめろや。怪我でもしたらどないすんねん」
「はい、スンマセン…」

俺の前で正座をしてデカイ体を縮こませている侑と治に内心深いため息をつく。
じゃがりこ一つで乱闘騒ぎを起こすこの双子を俺が今後責任を持って引き連れていかねばならないのかと思うとすでに頭痛案件である。

「北くん、弟がほんまにごめんね…」
「いや、ええよ…ある程度覚悟はしとったことやしな」
「宮さんも大変やな…学校だけでなく家でもこれなんやろ?」
「あはは…」
「俺は宮さんを尊敬するわ」

俺と練の言葉に苦笑いをこぼす宮さん。
だが、そうやって困った顔を見せながらも「大変なことも多いけど…弟やから許せてしまうんよ」と言った宮さんは、やはり姉として偉大な存在だと思わずにはいれなかった。

「…銀、息してる?」
「角名…お前だけとっとと逃げよって…」
「だってあの人の説教始まったらまず離れないと。こっちが悪くなくてもメンタルに影響受けるし」
「ほんまにもう、空気凍てつきすぎて心臓痛かったわ…」




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