君とこの先もずっと歌っていたいよ



俺と宮さんは今こそクラスは違うが、1年次の頃は同じクラスの同級生だった。
お互いにお喋りな方ではなかったし、俺は運動部で宮さんは帰宅部、さらに言えば宮さんは女子であったから余計に話をする機会などあまり無かった。

たまに挨拶を交わすクラスメイト。
俺と宮さんはその程度の関係だった。

でもある時、音楽の授業で二重唱のテストが行われた。
提示された課題曲を、教師が適当に組んだ男女のペアで歌うというもの。

「宮です。よろくね、北くん」

ふわりと笑って丁寧に頭を下げてきた彼女に俺も「こちらこそ、よろしゅう」と頭を下げ返したあの日。
俺のパートナーは宮なまえさんだったのだ。





「なあ、昼休みなんやけど時間くれへん?」

授業後、俺は宮さんに声をかけた。
席を立とうとしていた宮さんはきょとんと目を丸くして俺の顔を見る。

「歌のテスト、来週やんか。それまで音楽の授業はあらへんし、ちゃんと練習しときたいねん」
「あ、そうだよね。私ももう少し合わせる練習できたらなって思ってたんよ」

笑顔で「練習しよう」と頷いてくれた宮さんは嫌な顔ひとつ見せなかった。
ペアの相手が授業での取り組みに意欲的な人で良かったと、この時はそれぐらいにしか思っていなかった。

それからテスト当日まで、俺と宮さんは昼休みになると音楽室へ通うことになった。
普段は生徒が勝手に入らないように鍵がかけられているのだが、職員室へ寄って音楽の教師にテストの練習をしたいと伝えれば、快く鍵を貸し出してくれた。

「わたし、音源持っとるからそれ使おっか」

宮さんがブレザーのポケットからスマホを取り出す。
なんでも今回の課題曲は彼女の好きな歌であったらしく、前からスマホに入れてあったのだとか。

「こういう曲が好きなん?」
「うん、好き。だってすごくロマンチックなんやもん。聞いてるとアラジンのあのワンシーンが思い浮かぶし…」
「アラジン…ああ、そうか。どうりでなんか聞いたことある曲やと思ったわ」

かの有名なアニメーション。
彼女に言われて気づいた。
昔、小学生の頃に何かの授業で見たことがある。
確かに女子が好みそうな内容と映像だったなと記憶が蘇ってきた。

「男性パートからやけど、北くんもういけそう?」
「おん、とりあえず声出してかな始まらんしやってみるわ。変なとこあったら言うてな?自分だとようわからへんから」
「うん、わかった。途中からわたしも入るけど、北くんも何かあったら言うてね」

歌詞付きの楽譜を手に宮さんと横に並んで立つ。
音楽の授業以外で歌などほとんど歌ったことがないし、決して上手く歌えるとは思っていない。
でもきちんと歌詞を理解して、音程に合わせて丁寧に歌えば、例えテクニックが無くてもテストの評価は悪くならないはずだ。

スマホから流れてくるメロディーに乗せながら、口を開いて歌詞を紡ぐ。
最初の男性パートが終わり、続いて女性パートで宮さんが歌いはじめた。
彼女だってプロじゃない、でもその優しいソプラノボイスで奏でる歌声はとても澄んでいて綺麗だと思った。

ふと宮さんの視線がこちらに向く。
男性パートが来るから入ってきて、とのアイコンタクト。
だが、柔らかく瞳を細めて微笑んだ彼女にとくんと胸が小さく高鳴った。

これまで、歌うことに特別な意味を見出したことはない。
今回だってテストがあるから、ちゃんとやらねばならないと感じただけのこと。
でも宮さんとこうして互いのパートを歌い合い、歌声を重ねていると、今までに感じたことのない感覚が自分の中に芽生えた。





「北くんの歌声、素敵やね」
「そうか…?そんなん初めて言われたわ」
「たぶん北くんの声質なんやと思うけど、一緒に歌ってると心地いいなって思ったんよ」

歌い終えて一息つくと、宮さんはこちらを見つめて俺の歌声を褒めた。
嬉しいような、照れくさいような。

「宮さんやって綺麗な声しとるよ。天使の歌声かと思ったわ」
「天使はさすがに褒めすぎだよ」

でもありがとう、と少しだけ恥ずかしそうに笑う宮さん。
穏やかで、纏う空気は柔らかく、常にどこか清潔感が漂っている。
そんな彼女を色に例えるなら、やはり白なんじゃないかと思った。

「パートナーが北くんで良かった」
「…え?」
「テスト、一緒に頑張ろうね」

その翌週、二重唱のテストでは「ハモリが美しく、伸び伸びと歌っているのも大変良かった」と教師からは高評価を付けてもらい、良い結果を残して終わることができた。
俺と宮さんのパートナー関係も解消となり、これからはまたただのクラスメイトとして過ごすことになる。

「北くん、おはよう」
「おはよう、宮さん」

挨拶をしてお互いに自席につく。
こんな時、席がもう少し近かったら自然と話をすることができたのだろうか。
あの日言えなかったことも、伝えられたのだろうか。

俺も君がパートナーで本当に良かった。

今となっては、心からそう思うんだ。



君とこの先もずっと歌っていたいよ




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