大事な人がいるのです



「信ちゃん、好きな子できたん?」

思わずエナメルバッグにタオルを詰める手が止まった。
ばあちゃんの顔を見れば、ニコニコと笑顔で俺に弁当を差し出している。
唐突に振られた話題に俺は一瞬返事に迷いながらも、一先ず弁当を受け取ることにした。

「…なんでそう思うん?」
「なんでかねぇ、ばあちゃんのカンやろか」
「カン…」

相変わらずのほほんとしているばあちゃん。
だがそのばあちゃんのカンは侮れない。

「もしかして、なまえちゃん?」
「………」
「可愛いらしいお嬢さんやし、ええ子やもんねぇ」
「………」
「ばあちゃんもなぁ、あの子やったら信ちゃんのお嫁さんにええんやないかと思っとるんよ」

俺はまだ何も言っていない。
それなのに、ポンポンと話が進んでいくから困った。

「…ばあちゃん、気が早すぎるわ。俺と宮さんは別にお付き合いしとるわけちゃうし、まだ友人程度の仲やで」
「" まだ "やろ?若い二人はこれからやもんなぁ。でも信ちゃん、のんびりしすぎてもあかんよ?ちゃんと捕まえておかんと他の子にとられてもうたら大変や」
「ばあちゃん…」

どうやらばあちゃんは宮さんをえらく気に入っているらしい。
特定の女子をこんなにも強く推されたことは初めてであるため、今までにないばあちゃんの熱量に俺は内心困惑だ。
それはもちろん俺だって、宮さんはとても良いお嬢さんだと思うが…。

「宮さんは、俺にはもったいないわ…」

ぽつりとこぼれ落ちた俺の引け目。

俺は宮さんが好きだ。
穏やかで優しさに溢れていて、ふわりと柔らかく笑う顔が可愛いなと思い始めたのはいつからだっただろうか。
双子の弟ように目立つ存在ではないけれど、彼女は素敵なものをたくさん持っている。
だが宮なまえと言う人間を知れば知るほど、彼女が眩しく見えて仕方がない。
彼女の清らかな白さに俺が触れて良いものなのだろうかと、最近はよく思い悩んでしまうのだ。

なるべく平静を保ちながら、いつものように弁当をエナメルバッグの中に傾かないように入れる。
そうしてジジジ、とエナメルのチャックを閉めたところで背中にポンっと手が添えられた。

「大丈夫、信ちゃんはかっこええよ」
「え…?」
「ばあちゃんの自慢の孫やからねぇ」

そばに来たばあちゃんが俺の背中を優しく撫でていく。
不思議と背筋が伸びる感じがした。

「ほんまに好きなんやねぇ」
「うん…」

俺の顔を見てニコニコしているばあちゃん。
正直、俺は気恥しい。
でもばあちゃんが嬉しそうだから、まあいいかと思ってしまう。
いつか俺が宮さんと結婚するなんてことになったら、ばあちゃんは泣いて喜ぶのだろうか…。

「…そろそろ時間やから、朝練行ってくるわ」
「はい、気をつけてねぇ。行ってらっしゃい」
「行ってきます」

エナメルバッグを肩に下げて、靴を履いて家を出る。
すう、と夏の朝の空気を吸い込んで一度深呼吸。

今日は朝練を終えたら、宮さんのクラスへ顔を出してみようか。
そして「おはよう」と挨拶をしよう。



大事な人がいるのです




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