落ちるおと。

落ちるおと。/灰羽リエーフ

「先輩!待ってくださいよー!」
「あー!もう!今急いでるんだってばー!!」

今日の昼休みは体育委員の会議だったということを忘れていたわたしはバタバタと廊下を走る。
確か教室を出た時は開始時刻を10分過ぎていた。

『廊下は静かに右側を歩きましょう』と書いてあるポスターが視界に入ったけれど見て見ぬ振り。
厳しくて説教が長い生活指導部の先生にバレないことを祈るしかない。

そして、教室を出たところから何故か後ろを追いかけてくる後輩のリエーフ。
話聞いてる暇ないやごめんね!と言ったのについてくる。

ただでさえ廊下を全力疾走してるだけで目立つのに、巨人なリエーフが追いかけてきたらもう、選挙カーかという程目立つ。
視線が痛いけれど遅刻したとか、委員会のペアである夜久が絶対うるさい。
朝一番で「忘れるなよ」とメモまでくれたのに忘れた私のバカ!
だからごめんリエーフ、諦めてくれー!と心の中で祈り足を進めた。

しかし諦めないリエーフ。

そして目の前に、今まで避けてきた上りの階段。
会議が行われる視聴覚室は3階。今は1階にいる。
登るしかない!と意気込み駆け上がった瞬間、

「先輩…!」
「うわっ…!」

ぐらっと揺れる視界。
足を踏み外したと瞬時に理解ができたけれど体は思うように動かない。
スローモーションに見える中でふと手に持っていたはずのペンケースがないことに気が付いた。

あれ…ペンケース、持ってきたはずなんだけど…
てか、夜久、ごめん。ペンケース忘れて会議遅刻な上に、命落とすとかいっそ笑って…

と、悠長なことを考えていると、肩に衝撃が走った。

「うっ…」
「先輩!!」

カシャーンと、何かが落ちる音と共に制汗剤の香りが間近に感じられた。

「危ないじゃないですか!廊下も階段も歩かなきゃダメですよ!」
「あ、リエーフ…」

こんな当たり前のことをリエーフに叱られる日が来るとは思わなかった。

ごめん…と力なく謝ると、まったく。と呆れた様子のリエーフが離れていくと、瞬間に「もし階段から落ちていたら」と恐怖心が芽生えてきてしまった。
力なく階段に座り込むと、階段下に私のペンケースが落ちているのに気が付いた。
あれ?私あそこで落としたの?それとも…

いや、それにしても、

「びっ…びっくりした…」
「俺もですよー!名前先輩凄いスピードで走るし階段から落ちそうになるし!何より俺の話聞いてくださいよー!」

ドキドキと痛いほど鳴る心臓は、走ったことによるものと怖かったことによるもの、両方のせいだ。
そんな私の前で仁王立ちをしてぷんすこ!と効果音が出ていそうなリエーフに、「ごめんね。用はなんだったの?」と尋ねると階段下のペンケースを拾いに行ってくれた。

「これですよ。先輩に伝えることがあったので教室まで行ったらペンケース落として走り出すから慌てて追いかけましたよ」
「あ、それ落としてたんだ…」

なるほど。と頷く。
体育委員の会議、凄く遅れちゃう。夜久がいるだろうしいいかな…。
諦めの顔で溜息を吐きリエーフからペンケースを受け取ると、続け様に彼は思わぬ台詞を発した。

「あと、その伝えたいことって、今日の体育委員会の会議無いと伝えてくれ!と夜久さんに言われて来ました!」
「ん?」

体育委員会の、会議、無い?


「……え、ええー!?」
「わ、ビックリした!」

私が勢いよく立ち上がればリエーフはびくっと肩を揺らした。
こんなに走ったのに!こんな危ない目に遭ったのに!

しかし全ては委員会を忘れていた私のせいで、リエーフを無視した私のせいでもあって、とにかく、全て私が悪い。
要は自業自得というやつだった。

「あー!そっかー…!だからリエーフ追いかけてきてくれてたんだねごめん…」
「先輩足速すぎです」

相変わらずぷんすこ状態のリエーフには頭が上がらない。
しかし、数段下にいる彼は今、私よりも背が少し低い。

「…ありがとね。助かったよ」

手を伸ばせば簡単に頭を撫でることが出来た。
腑に落ちないような顔をしつつ、リエーフは大人しく撫でられていた。
表情は良く見えなかった。

「さて、戻ろっか」

頭を撫でるのをやめて階段を降りていき、リエーフがいた一つ下の段で突然後ろから抱きしめられた。

「り、リエーフ!?」

また階段から落ちるかと思った、危ないよ!と、いう言葉が出なかった。
私を抱きしめる腕がわずかに震えていたから。

「先輩、死なないでください」
「死なないよ!?」

誰かに見つかったらどうするの、と抵抗を見せるけれど一層力が強まるばかり。

「先輩が落ちそうになった瞬間、俺が怖かったです。」
「…うん」

暗い声のリエーフに、申し訳なさから心がきゅっとつらくなる。

「ごめんね。これからは気をつけるね」
「…あと無視しないでください」

小さな小さな声でそう忠告されれば、周りのこともっと見て考えなきゃと酷く反省した。

「さ、夜久さん達のいるところへ行きましょう!」

パッと何事も無かったかのように離されてまた階段から落ちるかと思った。
咄嗟に手すりに捕まればリエーフをちらりと睨む。

「リエーフ、階段危ないから…」
「あ、スミマセン…」

謝るリエーフはしょんぼりとした大型犬のように見えて、可愛くて。クスクスと笑う。



その後、夜久のところへ向かう途中、階段から落ちかけた時にリエーフと顔が近かったことや抱きしめられたことをぽんぽんと思い出してしまい、酷く挙動不審になってしまった。

この心臓のドキドキは、どの音なんだろう。






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「リエーフ、名字どうしたんだよ動きがおかしいぞ」
「おやおやぁ?リエーフ君。名字サンに何しちゃったのかなぁ?」
「何もしてないですよ!」
「俺が名字に伝言あるんだよなーって言ったら突然、俺が行きます!とか言い出すから何かと思ったら」
「まさか手を出しにまで行ったなんてなぁ…」
「出してませんってー!」
「え?何?どうしたのなんの話?」
「「「イエ、ナンデモー」」」
「ちょっとー!その顔何ー!?」

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