幸せのブーケ

「やっぱりおかしいと思う」
「それ何度目だよ…」

愚痴をひたすら聞かされている夜久は、わたしの何度目かわからない言葉にわざとらしく大きな溜息を吐いた。

わたしが高校に入学してからずっと同じクラスだった友達に彼氏がいたのだ。
夜久も3年間同じで私達が仲がいいことは知っていた。夜久曰く、わたし達は付き合ってんのかと思うくらい仲が良い、らしいのに。
わたしもそう思ってたのに。同性の友達としてはほんとに大好きだったのに。
なんと、一年の夏に彼氏ができていたというのだ。

おかしい。なぜ教えてくれなかったのか。

本人曰く"恥ずかしいしもし広まって冷やかされたりしたくなかったから"とのことだった。彼女らしい言いぶんではあるけど。

その彼と友達はたまに話す仲ではあれど、仕草や空気から、女の勘で両思いなのではと思っていた。
思っていたから、あいつのこと好きなんじゃないの?卒業前に告白しちゃえよ、と卒業式一ヶ月前の昨日言ったら「ごめん、実は既に付き合ってる」との答えが。おかしい。
3年間、黙られてたと。
「非リア万歳」とか「一生私達結婚できなかったらどうしよう」とか笑いながら言ってたわたしはなんだったんだ。
普通にあの子の時間を奪い過ごしていたわたしは、一体。

そして、親友に大きな隠し事をされていたと嘆いたわたしは、この悲しみを聞いてくれるのは心の広い夜久しかいないと思い、お昼ご飯を奢る条件をつけ、愚痴を聞いてもらっているのだ。

「こんなにも気が利いて優しいのになんで彼氏できないんだろう」
「そういうところがダメなんだろ」
「あはは、わかる」

わざとらしく言えば、夜久は笑いながら辛辣な言葉を返してくる。こういう距離感が一番心地よい。

「わたしなんてこの3年間、告白されたことないししたこともないや」
「好きな人とかは…いなかったのか?」

この手の話が苦手らしい夜久はずっと聞き専だったが、この時初めて質問をされた。
好きな人。
いないわけではない。いないわけではないけれど、言えるわけもない。

「うーん、いいなって、思う人はいるけどさ」
「進行形なんだな」
「まぁね。でも、その人男女共にモテるし…あと、わたしのことなんて眼中に無いだろうしさぁ…」

要は自分に自信が無いのだ。
だって、彼はとても面倒見が良くてかっこよくて、キラキラしている。まるで太陽みたいなひとだから。

それに引き換えわたしは、友達に隠し事されていたのが発覚して酷く落ち込み関係の無い人にグダグダ愚痴を零してしまう、日陰のじめじめした所に住む毒キノコだ。

「…ごめんね。こんな、面白くないことたくさん聞かせちゃって…」
「いや、いいよ気にすんなって。相当ショックだったんだろ?いくらでも聞くから」

ほら、優しい。そうやって甘く溶かしてくるから困るんだ。好きになっても仕方ない。夜久のばか。

例の友達も酷く優しい。ずっとつきっきりで、バレないようにとわたしにたくさん時間を割いてくれて。彼と過ごせた時間は少なかっただろう。
わたしが気遣ってしまうってわかって、自分を犠牲にしていたと思うと心が痛い。

「わたしって、自分ではかなり鋭いと思ってたけど、案外鈍いなぁ…。そこまでわかってさえいれば、二人に時間作ってあげれたのに。」
「隠されてたモンを見破るのは難しいだろうけど……でも、名字は鈍いな。」

そう頷く夜久はちょっばかし失礼ではなかろうか。
手持ち無沙汰で触っていたストローをきゅっと指先で潰しながら、むぅ、と夜久を見る。

「なんでそう思うの」
「お前、気付いてないみたいだけど男子の中では人気あるぞ」
「っ、は…はぁ!?」

お世辞なのかよくわからない突然の言葉に目を見開く。

「そ、そんなことない、だって変に声掛けられたりしないし…」
「それは、」

夜久は、少し間を置いて言い辛そうに言葉を紡ぐ。

「…俺が、生半可な気持ちで名字に近付くなって…止めてっから…」
「えっ…?」

「俺、お前のこと本気で好きなんだ。だから誰にも渡したくなくて、…余計なことして、悪い…」

最初こそ、勢いがあったものの段々俯き出しバツが悪そうに頭をガシガシ掻く夜久のその言葉を理解するには随分時間が掛かったような気がする。
突然の空気の変わりように動揺を隠せない。

「あの、それって、えっとつまり…?」
「何度も言わせんな…!俺は名字が好きなんだよ!
……名字には、他に好きな奴いるらしいから黙ってようと思ったのにな…」

カッコ悪い、と深いため息を吐く姿を見て瞬きし首を傾げる。好き?名字が好きって、名字ってわたし?

「っ、え…ええ!?」
「気付けよ!!俺としてはかなり露骨に攻めてるつもりだったんだぞ!?周りの奴らにもバレるくらいに…!」

全くそんな心当たりは無いし、段々恥ずかしくなってきた。
でも、真っ赤で怒っている夜久がなんだか可愛く見えてきて。

「なんだぁ…そっかー…そうなんだ、ふふ…」
「な、何笑ってんだよ」
「あのね、私の言ってた好きな人って…」



伝えたら夜久は酷く驚いた顔をして、尚更顔を真っ赤にして手のひらで顔を隠してたけれども、緩んだ口元は隠しきれてなくて。
改めて、告白してくれて。

友達も、こんなに嬉しかったのかな。
この先私にもたくさん幸せが待ってるのかな。
夜になったら、友達に3年間ありがとうって電話してやらなきゃ。
でも付き合ったことはしばらく内緒にしてやる。

少しの間、夜久とふたりきりの秘密。

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