香水 -perfume-(消火後)

 指に力を入れて、プッシュボタンを押す。ポンプが中の液体を吸い上げ、頭部内部の溝を通っていく。圧力と回転によって霧となり、目的の肌の上に噴射した。シュッと部屋の中に良い香りが漂う。柑橘系の酸味が一瞬だけ香り、そこから分岐を始めた。フローラルさにグリーンが混ざった香りもあれば、クールでフレッシュな香りもある。前者を感じたと思えば、後者が顔を出した。異なる香りを調合した上に、同室で同時に噴きかけたこともある。室内で広がる香りを、ななしは眺めた。手首にワンプッシュ試しに使った二人が、香りを確かめながらいう。
「おっ、中々。変じゃねぇな」
「香りも上々。値段を張っただけのことはある」
(高かったんだ。それ)
 ゲーラの意見に同意しつつ、メイスの意見に一言思う。そんなななしを見たあと、二人は視線を合わせた。すぐに外し、持っている香水に視線を落とす。
「まぁ、女が使うような香りじゃねぇよな?」
「メンズに作られたものだからな。違うだろう」
(それはそうだと思う)
 なにせ、パッケージのデザインすらゴツい。ななしは興味を失せたのか、その場を離れる。キッチンに入り、コップを手にした。
「女が、好んで買うようなモンじゃねぇっつーことだな?」
「まぁ、頼まれてもなければ、な。いたとしても、数は少ないだろう」
「買っても、誤解されるっつーことだよな」
「そう、なるな。世間の大半はそう受け取るだろう」
 神妙な顔で呟き、神妙な顔で手元の瓶を見る。ゲーラとメイスの性別は男だ。自覚している性別も、男に近いといえる。黙る二人に対して、リビングから離れたななしは冷蔵庫を開ける。ミネラルウォーターは残っていた。コップ数杯分はいけると見える。蓋を開け、コップに注いだ。即座に飲んで、喉を潤した。「ぷはぁっ」と満足そうな声を上げる。それを見て、ゲーラが切り出した。
「なぁ、ななし」
 その声に「えっ」とななしが振り向く。反応は上々だ。「ちょっと、こっち来てくれねぇか」とゲーラが尋ねる。その丁寧な呼びかけを不思議に思いつつ、ななしはリビングに戻る。コップはまだ持っていた。水で満たされている。
「あー」
 言語化に苦しむ。ポリポリと頭を掻き出したゲーラに、ななしは首を傾げた。いいたいことがわからないようである。代わりにメイスが口を開く。
「マーキングしたいから、とりあえず足を出せ」
「あし」
「ばっ!」
 ハッキリと言いすぎである。デリカシーの欠片もない要求に、ゲーラが掴みかかった。襟首を掴むものの、パクパクと口を開けている。驚きと図星の余り、言葉が出てこないようだ。それにメイスは素知らぬ顔をする。つーんと冷たい態度を出し、視線を合わせようともしない。これとは対極的に、ななしは会話に出てきた会話の部位に意識を奪われていた。
「あし」
「そうだ、足だ。太腿の内側だと、香りが長く続くからな。虫除けにはちょうどいい」
「虫除けにもなるの?」
「虫除けっつーか、あー。やりたくねぇならいい。無理にとはいわねぇよ」
 ガリガリと首の後ろを掻き、左手を振る。ゲーラは引き下がったが、こうといわれて興味を持つのが人間の性だ。ななしがそわそわとする。ゲーラとメイスの手にある瓶を見たあと、手を伸ばした。
「使ってみたい!」
「よし。太腿の内側が一番長く続くからな?」
「あー、マジかよ?」
 即座に渡したメイスと違い、ゲーラはななしの様子を見る。一瓶だけでは足りないのか、ゲーラに向かって再度手を伸ばした。
「ゲーラも」
 その要求に、ゲーラは視線だけを寄越す。好奇心で輝くななしの目を見たあと「あー」とまた声を漏らした。
「ほらよ」
 ななしに渡す。異なる二瓶を手に入れて、ななしは浴室に向かった。その背中を見て、ゲーラはポツリと呟く。
「どうしたって、バスルームに向かったんだ?」
「さぁな。なにか考えがあるんだろう」
 さりとて、自分たちの香りがななしに付くことは間違いない。ゆくゆくは身体に染み込ませれば上々である。他の男が寄りつくような真似は、決してないだろう。他の男の気配がする香水で、近付く男などいない。
 ソファで寛ぐ。しばらくすると、湯上りのななしが出てきた。髪が少し濡れており、ラフな格好をしている。律儀に香水もつけたのだろう。ふわりと部屋の中に漂う香りを弱くしたものが、ななしの身体から香った。
(あー)
 ソファからななしを眺めながら、ゲーラは思う。
(こりゃ、中々にクるな)
 そう呆然と考える者と反対に、メイスはななしに注意をしに行った。肩にかけたタオルを掴み、ゴシゴシと頭を拭く。ななしの世話をしながら「ちゃんと髪を乾かせ」と、言葉と動きが噛み合ってなかった。ドライヤーのある場所へ向かう。その姿を見送ってから、煙草に手を伸ばした。
 ボッと火を付ける。紫煙の匂いと混ざっても、香水はちょうどいい塩梅に新たな香りを生み出していた。


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