GOLD RUSH(サンプル)

第一章 成長する村と当面の問題
 村が大きくなった。ボス、リオ・フォーティアの指導のおかげもあるんだろう。以前と比べて、治安の悪いところがなくなった。というか、態度の悪さ? 人当たりも、心なしか柔らかくなったような気がする。それに親子連れ──子どもがバーニッシュで、親が人間の場合だ──に遭遇して連れて帰っても、然程警戒もされなくなったような気がする。一重に、若い少年であるリオがボスをしているからだろうか? この少年に大人が従って、誰にでも平等に接しているから、警戒心が減るとか? それに、ゲーラもメイスも余裕が出てきた気がする。なんというか、顔も表情も、態度も穏やかになったというか。子どもたちにも懐かれているから、しょっちゅう相手をしている。かくいう私も、例外ではないのだけれど。服を引っ張られる。「わかった、わかったから。待って」服の裾から子どもたちの手を外し、手を握り合う。「遅いなぁ」「こっち、こっち!」と引っ張られて向かえば、ゲーラとメイスがいた。
 ゲーラは一番狭い陣地でボールの集中攻撃を受けてるし、あっ。ミスした子が負けて外にいる子と交替した。メイスは命令ゲームをやっている。子どもたちの要望からか"Simon Says"の代わりにLio Says"とか"BOSS Says"といっている。あ、ボスはダメなんだ。メイスがいつもの癖で「ボス」といったから、負けてた。私はといえば、石けりだ。バーニッシュお得意の炎で固めて、石の代わりにしたヤツ。これは多分、向こうの子がやったんだろう。チラリと見れば、得意そうにその子は笑った。
「もう、仕方ないなぁ」
 炎で固めた強度も見てもらいたいんだろう。炎を操って、ちょっとチョーク代わりに地面へ図を描く。丸と丸で、あぁ、三角も入れた方がいいかな? ついでに四角も。小さくチロチロと燃焼し続ける炎も珍しいのか、石けりをしていた子どもたちは「おぉ!」と珍しそうに見ていた。ヘヘンッ、慣れれば火力の調整は容易いのだ!
 その子の作った石を、向こうへ放り投げる。おっ、端から五番目の三角形に入った。そこに向かって、ケンケンパをする。それが不思議に思ったんだろう。それか、掛け声か。子どもたちは不思議に見てたけど、私の動きを見て理解したのか、別の掛け声を出した。Hop, Scotch!"なんだろう、それは。不思議に思っていると「もっと作ってよ」と服を引っ張られる。指を指した方と要望を聞くに、もっとケンケンパのマスを作ってほしいのらしい。勿論、余裕なので作ってあげた。子どもたちのテンションは爆上がりである。熱く燃やせば燃やすほど、バーニッシュなのでテンションは上がる。けど、普通の子もいたのらしい。控え目に「やめて」と伝えてきた。燃えるもんね。わかる。代わりに、硬質化しておいた。「なんでだよ!」「もっと燃えろよ!」批難多々である。とりあえず「疲れたから」と建前を付けて、横で様子を見ることにした。
 バーニッシュの子が遊ぶときは燃やして、普通の子が参戦している間は硬質化する。あっ、その中で燃やすことはできるかな。表面を少し透けたように加工して、中で炎を泳がせる。それが楽しいんだろう。子どもたちが集まった。一気に。
「調子に乗って燃やし続けると、後で一気にくるぜ?」
「そんな、二日酔いじゃあるまいし。お酒みたいにあとで響かないでしょ?」
「それは力がある場合だろう。強い、というべきか」
 左肩にゲーラの肘が乗って、右肩にメイスの肘が乗る。ちょっと、人を肘掛けにしないでほしい。腕の休憩所じゃないんだから。止まり木でもあるまいし。
「力が弱いと、普通の人間と同じように寝食を必要とする。俺たちの場合は、燃えればまだどうにか持つ、ということだ」
「ふぅん」
「変わっているのは、俺たちの炎で燃えないだけだな」
「そうなんだ」
「おー。に、しても。どうやったんだ? コレ。アイツら職人が喜ぶんじゃねぇか?」
「かも。けど、感覚的にやったからわからないし」
「まっ、ガラス職人なら喜ぶかもしれないな。アイツらも、炎を扱うことに長けている」
「この前、砂がほしいっていってたよ」
「あー、ケイ酸か?」
「珪砂だ。他にも入用らしい。色々とな」
「いろいろ。詳しいね」
「ソーダをぶちこみゃぁ、いいんだっけか?」
「違う。確か、炭酸ナトリウム。ソイツを手に入れるか作ればいいって話だ」
「へぇ、大変」
「炎で捏ねくり回しゃぁ、いいのによぉ」
「『手間暇かけて』の言葉があるじゃないか。恐らくそれだ」
「へぇ」
 ボッとメイスが指先から炎を作る。ゆらゆら揺れて、火の粉が炎から離れる。ゲーラと一緒に頷いてしまった。ちなみに、話の半分はまだわかっていない。私が。
「石灰石は、火山に行けばいくらでも取れるだろう。石灰岩が多く取れるだろうが」
「つまり、火山口に入るついでに採掘すりゃあいいんだな!?」
「浸かろうとするなよ」
 冷静なツッコミである。そもそも、バーニッシュってマグマに浸かっても平気なんだろうか? 考えてみれば、試したこともない。
(今度試してみよう)
 そう思っていると、ゲーラとメイスが話を続ける。
「向こうの火山群も様子を見るといっていただろう。もしかしたら、要塞として使えるかもしれん」
「要塞ねぇ。けど、ガスで死んじまったら元も子もねぇだろ。バーニッシュじゃねぇ人間だって、いるんだからよ」
「それが現状の問題だ。上手く解決する手立てがあればいいんだが」
「毒マスク、毒ガス? ガスマスク?」
「ガスマスクな。毒だと死んじまうだろうが」
「ガスマスクを使うにしたって、キャニスターが必要だろう。どちらにせよ、今は必要な数を揃えられない」
「ふぅん」
「昔みたいな規模なら、基地を襲って強奪できたんだがな」
「あー、だな。警察とか消防署の辺りとかよ。遠くに行きゃぁ、旧式の軍備施設も残ってそうだな」
 プロメポリスが異常なんだよ、とゲーラが口にした。『異常』確かに、プロメポリスはバーニッシュに対する守りが堅い。瞬間冷却装置に、各ビルにバーニッシュの炎を鎮火するなんか、冷却材の瞬間ポンプもある。ボスみたいに力が強ければ、それを根元からボキッと折ることも可能だけど。現実的じゃない。唯一マトモなのが、プロメポリスに進軍して占拠する気はないことだ。(それだと、いったい何人の犠牲が出るかもわからないし)やはり、現実的じゃない。向こうは向こうで、バーニッシュはバーニッシュで、分かれて暮らした方が現実的だろう。
 それに『バーニッシュ』とわかった途端に、強制実験棟行きだ。
 チラリと子どもたちの様子を見る。炎を操ることから意識を逸らしたせいか、ケンケンパの炎は消えていた。ただ黒い硬質化したのが残るだけ。集まる子どもたちの手元を眺めていると、炎が生まれた。どうやら、さっきの様子を再現したいのらしい。炎を作り出しては、硬質化することに苦戦している。あっ、思い出した。ゲーラとメイスに振り返る。
「そもそも、どうしてガラスの食器を作るの? ほら、窓は無理だけど。中身を入れる容器なら」
「あぁん?」
「作れるには作れるがな、そのことばかりに時間を取られるわけにもいかないだろう」
 よく考えてみろ、とメイスが説明を始める。全てを一律の質に揃えるには、機械か職人の腕がいる。素人がやっても不揃いなだけだ。それに一人でやると、大変苦労もする。だから、専門の技術を持つ職人に任せた方がいい、と──大体こんな感じだった。
「だから、少ない労力で補えるなら、そっちの方がお得だという話だ」
「おとく」
「まっ、俺たちゃ周囲のパトロール及び物資の調達も平行して行える。役割分担も大事だってこった」
「ふぅん」
 つまり、職人がいるのなら職人に任せた方がいいと。(でも)打ち消しを考えて、メイスの言葉を思い出す。
 ──「素人がやっても、不格好なものができるだけだ。やはり既製品に近い状態の方が、嬉しいだろう?」「誰だって新品を求むもんだ」──。
 いや、やっぱりわからない。とりあえず『専門家に任せる』で決着をつけておこう。うん。ふと子どもたちの方を見る。普通の子はバーニッシュの子の後ろに隠れていて、子どもたちの中で力の強い子が暴発させかけていた。
「ヤッベェ! オイ、こら! 待ちやがれ!!」
「待て待て、待て! そこで一旦ストップしろ!!」
 ゲーラとメイスが慌てて離れる。普通の子がいるから、早めに止めた方がいいということなんだろうか? それに、上がった炎が高架の方から出ると、少しの目印になってしまうし。
 その子の手を二人して包んで、暴走する炎を抑え込む。大人二人と、力がある人だからか。すぐに炎は治まった。遅れて近付く。二人が手を離すと、チロチロと小さな火の粉が、手の平から出ていた。
「ほら、ダメだよ。こうして使わないと」
 試しに残留した炎で炎を操ってみる。もう少し詳しくいったら、わかるだろうか。少しシンクロに集中して、この子の内から湧き上がる炎と付き合う。(まぁ、バーニッシュが共振? いや、なんか一度に共感して大きな竜巻を起こせたわけだし。それを応用すれば──)できるはずだろう、と思ったら、思った通りできた。パチパチと炎が弾け飛ぶ。けど、この子の負担がとても大きそうだったので、やめた。フッと炎を消す。
「こんな感じ。わかった?」
 顔を覗き込んで尋ねると「うん」とだけ返事が返ってきた。そのまま様子を見ていたら、バッと離れる。一目散に駆けだしたものだから、他の子どもたちもワラワラと行ってしまった。「すっげー! 今のどうやったんだ!?」「どうだった!?」「うっ、うるさい!」とだけ聞こえる。どうやら、喧嘩に発展しそうだ。
「大丈夫かなぁ」
「ほっとけ。ガキの喧嘩だろ」
「あれは喧嘩というより、照れかく、いやなんでもない」
 メイスがなにかをいいかけた。とりあえず、村のことをなにかした方がいいかな。手伝いとか、あったらいいんだけど。
 二人に手隙の仕事のことを尋ねようとしたら、若い人がやってきた。村の人たちと違って、ちょっとライダースジャケットに近いのを着てる。あっ、新しくマッドバーニッシュに入った人か。村の自警ばかりをしているものだから、つい忘れてた。
「二人とも! ボスが呼んでる!!」
 私は? ゲーラとメイスしか呼ばれてなくて、二人の間からヒョコっと顔を出す。「あ、そんなところに」って、ちょっと待って。もしかして、気付いてなかったの!?
「三人とも、ボスが呼んでいる!」
 そう言い直されても、まだ心の傷は癒えないんだけど。
 ちょっとそう、悲しく思いながらボスのところに行った。ゲーラとメイスに挟まれる。ギュギュッとしてくるから、歩きにくい。グイッと肩を押しても、結局戻ってくる。
「もう!」
「おー、わりぃ」
「歩く先に、お前が寄っているからだろう?」
「寄ってない!」 
 ゲーラは悪びれた様子もないし、メイスも冗談をいってくる。あぁ、本当にこの二人は! プイッと顔を背ける。そのついでに、村の様子も見た。食料を自給するところは、大丈夫そうだ。トマトも赤くなり始めている。緑のカーテンも良好で、それぞれ食べ頃に近付いていた。カズラのは、全部食べられるから良しとして。実は、パッションフルーツは苦手だ。なんか、ネバネバとして、食べにくい。(二人から『食べろ』っていわれて、一口はどうにか食べたけど)できれば、御免被りたい。村の人たちの様子は、というと元気そうだ。博打に興じている人もいれば、鉄骨の上で煙管を吸っている人もいる。実に様々だ。──『バーニッシュとしての力がない』『マッドバーニッシュとして協力することはできない』といいつつも、村の維持に協力してくれる人もいる。家事や洗濯をしている人もそうだ。あ、男の人が重い洗濯物を持って、洗濯物を干すのに協力した──。
(でも)
 そこで思い当たる。
(最近、どうも人が増えたような?)
 そう、マッドバーニッシュが囚われたバーニッシュを救うと、村の人口はその分増える。その辺りは、メイスだってわかっているようだ。それに活動が広くなり、活発になれば救出する人数だって増える。そのペースも速くなった。
 だからだろうか、リオがこんなに難しそうな顔をするのは。メイスもメイスで、最近の物資や食料の量を見て、難しい顔をしている。ゲーラもだ。こっちは頭を掻いている。
「困ったことになった」
 そういって、リオことボスは、ソファに体を投げた。長い足をガッと開いて、ソファに肘を垂らす。
「全然物資が追い付かない」
「の、ようですね」
「ヤベェな、こりゃぁ」
「どれ、見せて?」
『お前が見てわかるのか?』って視線を投げられるけど、馬鹿にしないでほしい。簡単な計算だってできるんだ。こっちは。疑わしく見てくるメイスの目に、プイッと顔を背ける。メイスの手から借りた資料を読むと、大体この感じだった。
(えっと、こことこことが不足していて、ここも足りない。補充する、しようとしても資金が)
「あー、こいつぁ、金も物資もろとも足りねぇんだよ」
「しっ、知ってるよ! このくらい。見ればわかるし」
「あと、目先の物として必要なのは、ベッドとシーツだ。最悪、ベッドはどうにかできる」
「どうにか? シーツと、炎で?」
「灰になっちまうだろ。まぁ、廃材に関しちゃぁ適当に拾えるか」
「あぁ。廃材で作る分には、問題ないんだ」
 ゲーラの一言に、ボスは頭を抱える。その点はクリアしているんだ。(じゃぁ、今早急に必要なのは、このくらいなのかな?)『医療品』と『種』それと『植物を育てるプランター』どれも、力のないバーニッシュや普通の人間には必要なものだ。多分、植物を育てるのに詳しい人がアドバイスしてくれたんだろう。
 チラリと三人の様子を見る。まだ難しい顔をしていた。
「この量となると、街でかっぱらった方が早ぇか」
「俺たちは追われている身だぞ? いくらなんでも、早計すぎだ」
「ケッ、そうかよ」
「だが、プロメポリスでなければ話は別だ。向こうは、殊更バーニッシュに対する警戒が強い」「じゃぁ、他の街だとセーフってこと?」
「に、なる。他の街だと、疑わしい相手に警察の手が入ったんだ。ちょうど、サーモグラフィーみたいなもので判断してね」
「へぇ、体温で?」
「おう、そうだぜ。俺たちゃ、旧人類より体温がたっけぇからなぁ」
「そういってやるな、ゲーラ。俺たちの身体で炎が燃えているんだぞ?」
「ハンッ! そいつを考えりゃぁ、当然のことだったな」
「あぁ。だから普通より見分けが付きやすいんだ」
「ふぅん。風邪の人でも?」
「普通に死んでるぜ」
 そうなんだ。そしてまたゲーラとメイスが重い。左と右にそれぞれ肘を置いて、体重をかけてくる。「それと、消防団もいるよな?」とゲーラが口に出した。
「向こうも、バーニッシュ専用の消火道具の一式は揃えてンだろ」
「さぁな。そこのところは、その街の予算と相談になるだろう。それか、フォーサイト財団の援助を受けているか、だな」
「あぁ。あの財団なら、小さな町ごと買いかねない。もし財団の備品があったら、要チェックだな」
「というか、襲撃もできなさそう」
「囚われたバーニッシュがいたら、話は別になる」
「あのクソいけすかねぇ連中の屯ってる場所かどうかも、重要な判断になると思いやすぜ?」
「あぁ、見過ごせないからな。なにかしらの情報を掴んだ、と見ていいかもしれません」
「だな」
「ふぅん」
 なんか色々と考えているようだ。けど「フリーズフォースがいると危ない」「財団の道具を揃えている町には注意」ってことはわかった。その分財団の手が回っているということだし、通報があれば、即駆け付くからだ。
(多分、ボスのいってることもそれ系なんだろう。バーニッシュの傾向を一般人が見て、その通報を受けてバーニッシュ犯罪を管轄とするフリーズフォースが駆け付ける)
 なにも可笑しいところはない。最大の利点といえば、距離か。プロメポリスから遠く離れている分、バーニッシュが逃げる時間を稼げる。財団の手が回ってない街なら、いくらでもやりようがある。街を燃やしても、人を燃やしても──いや、これ以上はやめよう。
 ブンブンと頭を横に振る。嫌な考えを消してから、話に戻った。
「じゃぁ、フリーズフォースの手が入ってないところ?」
「に、なるな。僕たちは、村の警備及び周辺の探索に移ろうかと思う。お前たち、なにか良い案はあるか?」
 といって、ボスが二人に尋ねた。チラリと二人を見る。今度は難しい顔をしていない。なにか考えがあるようだ。
(まぁ、ボスも『に移ろうかと思う』って提案を出したほどだし。もしかしたら、近辺での調査は自分たちでするということなんだろうな。新入りの人を使って)
 それに、新しく入った人たちは、遠距離の移動に慣れていない。バーニッシュサイクルを作り出して、エンジンを絶えず供給するところも難しい。あと、いざというときの護身術。あの周りの対応ができてないと、かなりやりにくい──だからだろう。その辺りのクリアをできている私たち、いやもしかしたらゲーラとメイスに頼んだのは。
 チラリ、と二人の視線がこっちに向く。あ、目が合った。それから二人して顔を合わせて、頷いた。
「まぁ、あるっちゃあるんですがね」
「それだと、村を空ける期間が長くなりますが」
「構わない。有事の際には僕も出る。なにか案があるのなら、話してくれ」
 そういって、二人が話し始めた。


第二章 焦げた荒野のタイヤ痕
 話を要約すると、当てはあるのらしい。しかもここから近く、プロメポリスの近郊に。これにはリオも反応したのか「近辺」と呟いた。どちらも"near"に近いから、ここからも近いって意味、だよね?
「財団の手が、回ってたりしてない?」
 疑問に思ったことを聞けば、二人が首を横に振った。
「いや、それがないらしいぜ」
「プロメポリス標準の検査機も、ないという話だ」
「うっそ」
 可笑しい。あの街の近くにあるのに? 独立都市でも謳っているのだろうか? よくわからない。ボスの方を見ると、すごく難しい顔をしていた。腕を組み、眉間にすごい皺を寄せてる。苦渋の決断をしているのかな。キュッと眉間の皺が緩んだかと思うと、「はぁ」と大きく口を開けた。
「そこなら、確実に手に入るんだな?」
 その選択をした質問に、ゲーラとメイスが頷く。力強い目だ。そこまでの根拠があるのだろうか?
「へい。連中から聞いた話だと、ですが」
「奴らもグルじゃないと考えれば、様子見くらいはできるかと」
「聞いた相手がグルだったら?」
「絞める」
「燃やす」
 物騒だ。結局やることは変わらないと思う。「無闇な殺生はするなよ」とボスが念押ししてくる。
「もし罠だった場合は、考えているか?」
「えぇ、勿論。パターンは数通り。ケースバイケースで対応しますよ」
「足並み揃えりゃ、トントン。捕まったとしても、上手く逃げ出してやりますよ」
「もしかしたら、向こうで囚われたバーニッシュがいるかもしれないし。一緒に救出するかもしれない」
「そうか」
 フゥ、とボスが肺に溜まった息を吹き出す。胸のところが、大きく凹んだ。
「わかった。この件、お前たちに任せる」
「へい!」
「ご安心を。必要なものはちゃんと、全部掻っ払ってきますので」
「根こそぎ全部!」
「できれば、正式な取引の中で手に入れてほしいが。まぁ、背に腹を変えられんか」
 はぁ、とまたボスが溜息を吐く。ごめん、ボス。マッドバーニッシュやバーニッシュにお金なんてない。今は、物々交換とか助け合いで成り立ってる社会だから。
 そう思いつつ、会議を終えた。一応、割いた人員で空く穴の埋め方と、スケジュール調整。それと、もしバレたときの逃げ方や合流地点、応援の呼び方などの打ち合わせもした。他にも、最近の村の様子について色々と話したり。ボスの耳にも届いているのか「最近、式場みたいなのを聞くんだが」と口にした。多分、村人の話からだろう。宗教的なものかは知らないけど、それにロマンスを感じる人もいると聞く。ゲーラとメイスは、少しわたわたしながら、説明をしていた。
「あー、それはっすね。ボス」
「本人たちが直接口にしない限り、まだしなくてもいいかと」
「そうか?」
 その説明に対し、まだわかっていないようだった。私もわからないけど。とにかく、村の関係も様々だということだろうか? 軽く相関図とやらを作ってみるけど、やっぱりよくわからない。
 首を傾げる。他に相談することがないので、一旦解散となった。ボスにはボスの、こちらにはこちらのやり方や仕事もある。旧式でやった方が、スムーズに物事が進むことはあるのだ。多分、その一環。昔のメンバーに声をかけて、再編成。入手した地図でルートを確認してから、目的地に向かった。
「そういえば」
 ふと思い出して、声をかける。
「どうして、私も」
 といいかけたとき、ビュンッと風が吹いた。うぇ、口に砂が入った。ペッペッと吐き出す。
「どうして私も、メンバーに入ったの?」
 村で留守番させておけばよかったのに、なんでわざわざ。そういおうとしたら「あぁん!?」とゲーラが少しだけ振り返った。顔はまだ、前を向いたままだけど。
「当たり前だろうが!」
「お前も、昔の流儀は知っているだろう? それでだ」
 スピードを落として並走したメイスが、そういう。「それでかなぁ」と返すと「ったりめぇだろ」とゲーラがまた返した。ちょっと荒れた道を走ったものだから、少し車体が揺れる。ギュッとゲーラにしがみ付いた。──実のところ、単独以外でのバーニッシュサイクルは禁じられている。なぜか私だけ。(まぁ、応戦することになったら、楽だけど)バイクの操縦と、武器の生成。これらを同時にやることは、難しい。正直いって、疲れる。やれないことはないけど。なので、二人に足をお願いしたことがあった。ロケットランチャーを作るのに、かなり疲れるので──。
(多分、その延長だろうけど)
 まぁ、楽をしてもいいというのなら、甘えてもいいんだろう。さらに強くなる風を受けて、ギュッと抱き着いた。バーニッシュサイクルのエンジンは特殊だ。バーニッシュサイクル自体も特殊である。なんだって、燃える自らの炎でバイクやキックボードやらを作り出し、燃える自らの炎で燃料になるからだ。(一石二鳥というか、なんというか)しかも、力が強ければ強いほど、無限にスピードを出せる。多分、この中で一番速く走れるのはメイスだろう。それで力量さ──バーニッシュとしての力の差で、乗るスピードに違いが出るから──で、二番目にゲーラがくる。私は、一度も並走したことがないからわからないけど。多分、迷子になるとでも思われているんだろう。ゲーラの背中から顔を離す。後ろへ振り向けば、昔馴染みの顔が後ろを走っていた。こちらに気付いて「よっ」こちらもゲーラに片手でしがみつきながら「よっ」と返す。ゲーラが微かに「落ちるんじゃねぇぞ」とボソッと呟いたような気がした。
 荒野を駆ける。出してるスピードもスピードだからか、走行時に燃える炎の勢いが強い。まるで走る火柱だ。フリーズフォースに見つからないのだろうか? そう疑問に思うけど、今は尋ねることはできない。代わりに、過去同じことを思って、そのときメイスに返された言葉を思い出した。
『ここ一帯は、火山帯に近い。奴らは俺らを体温の高さで測定するからな。ズルをしようにも、火山が邪魔で気付かないのさ』
 ズル、という言葉に最初引っ掛かったが、要約するとこうだ。「赤外線センターみたいなので俺たちを纏めて見つけようとするが、デカい火山の反応で、小さな反応が隠れるというわけだ」だから、万が一上空からの視察があっても、現状警戒して監視を続けることができる、のらしい。その辺は上手くわからない。
『まっ、車で接近されたらヤバいかもしれんが。とにかく、街からは随分と離れている。ここまでくることはないだろう』
 それに、連中も街や財団の警備で忙しいだろうし。と、最後にメイスが締め括っていた。そういえば、ゲーラの顔はそのとき、どういうのだったんだろう。
 思い出そうとすると、ガコンッと大きく車体が揺れた。崖から飛び降りたのだ。しかも断崖絶壁。ゲーラのバギーが空中に浮いて、車体の重さで、垂直に地面へ引っ張られた。
 空中と、空。体が上空へ引っ張られ、思わずゲーラにしがみ付いた。ギュッと強くバイクの側面を挟む。足はホッチキスの状態で固定できたけど、上半身が難しい! ただひたすらゲーラの服を握り締めた。
「うわっ、うわっ! わわっ、わわわわ!?」
 わぁ! と大きく声が出たと同時に、ドスンッ! と、予想よりも軽い音がした。いや、今のでも充分重かったけど!!
 ギュッと閉じた目を、恐る恐る開ける。ガッ、ガッと音がするのでなにかと思ったら、メイスが後輪でダンスを踊っていた。前輪は高く上がったままである。多分、先に降りていたんだろう。クッとハンドルを操作して軽く車体を揺らしながら、前輪を地面に降ろした。こっちに近付く。上を見上げた。私も飛んだ場所を見ようとしたら、ゲーラが振り向いた。
「お前、いつもこんなんかよ」
「違う! 自分と操作するとじゃ違うの!!」
 なにせ、他人に命を預けている状態だ。自分でバーニッシュサイクルを使って走る分は、どうでもいい。どうにでもなるからだ。でも、今は違う。メイスが私のいるところまで緩く走らせて、ゲーラのバギーを蹴った。
「ここ、癒着しているぞ」
「うぅ」
 あまりにの恐怖で、ゲーラのバギーに足を固定させてしまったようだ。バーニッシュの炎を硬質化させる要領で、ちょっと溶接みたいなことをして。
(だから、ちょっと足の骨が、端の一点からボギッと折れる感触があったんだ)
 まぁ、バーニッシュだからすぐに治ったけど。
 バギーと足を固定する硬質化した炎を、燃やして消す。ゲーラとメイスの見る方を見れば、みんながまだ崖の上にいた。
 すごく、必死に手の上でバツを作ってる。バツ印。軽く望遠鏡を、構図を思い出して、作って覗いてみれば、顔に必死さが映っていた。すごく、汗を掻いている。顔も心なしか、青褪めていた。
 バッとメイスが「借りるぞ」と手を出してきたから、黙って渡す。それを覗いて、ボソリと呟いた。
「無理そうだな」
「あん? おい! 手前ぇらもマッドバーニッシュの端くれだろ!! 根性見せろや!」
(いや、根性論)
 無理でしょ、といおうとしたら、サングラスの人が「無理に決まってんだろ!」と叫んだ。でも、距離が遠いので小さい。多分、ゲーラやメイスのようなクッションが、できないんだろう。
「別の道、使った方がいいんじゃない? というか、なんで」
 ここから降りようとしたのか──? そう尋ねる前に、二人の口が閉じていた。あっ、この顔。みんながそこまで降りられないことに気付いてなかった顔だな? ゲーラもメイスも、この状況をどう切り抜けようかと考えている。
「道、作ろうか? あの距離分なら、少ないのでできると思うし」
「いらねぇ」
「派手に燃えたら、その炎でバレる可能性が高まるだろ」
 私の提案は、一瞬で灰になった。ならどうしろと。最後までいわせねぇよ、とばかりに言葉を被せられたし。思わずむくれてしまう。不機嫌の空気をプクッと頬に入れていると、メイスが動く。軽く崖の側面を見てから、こっちに戻った。崖の上にいるメンバーに手信号を送る。みんながそっちへ行った。それから慌ててこっちに戻った。心なしか、さっきより顔が青褪めている。
「まだマシな方だろ」
 その一言に「鬼かな?」と思った。多分、あっちの道は道で大変なのだろう。ゲーラがバギーの操縦席に寄り掛かりながら「頑張れよー」と声援を送った。こっちもこっちで鬼かな? と感じた。けれど元無法者であるからか、なんだかんだいいつつ、みんな降りた。心なしか、ボロボロのように見えるけど。
 サングラスの人が、よろよろとゲーラとメイスに近付く。
「お前ら、本当、容赦ねぇな」
「まだ、そっちの方が良かっただろう? 怪我は少ない」
「俺たちゃバーニッシュだぜ? ペシャンコになっても、しばらくすりゃなんとかなるだろ」
「それが嫌だってんだよ! 結構痛いんだぜ!? アレ!!」
 どうやら経験者のようだ。
「私もしてみたかったな、紐なしジャンプ」
「やめとけ」
「死ぬぞ」
「すぐ復活しそうだけどな。死ぬほど痛いぞ?」
 っつーか、死んだ方がマシって思うレベルだ、と。今度はサングラスの人にまで止められた。とりあえず、全員がある程度回復するまで待つ。比較的、私は余裕のある方だ。ゲーラとメイスは、走るから無理。生命の炎を分ければ、今より回復する速度は上がるだろう。「炎、分けた方がいい?」と尋ねると、全員から断られる。なんで? いい提案だと思ったのに。泣きたくなってきた。グスンと鼻を隠す。
「あー、俺たちが殺されるんだよ。ゲーラとメイスに。察してくれ」
 誰に、という前に情報が売られる。ゲーラとメイス。その犯人を見れば、みんなと同じように一服していた。
「人聞きが悪ぃなぁ? なにも、殺しゃしねぇよ」
「ちょっと詰問するだけだろうに」
「お前ら、自覚ってある?」
 またサングラスの人の顔が青くなった。煙草が燃え尽きる前に、みんなの体調が回復する。時間は追われてるけど、休めるときに休んだ方がいい。出発を示すかのように、ゲーラの咥えた炎がボッと火に包まれる。口から離して、灰になったそれを追い払う。みんなも同じようにしていた。
 バギーが動く。それに合わせて、寛いだ姿勢から変えた。ギュッてしがみ付く。ゲーラが走ればメイスも走り出すし、それに合わせてみんなも走り出す。
 荒野に炎の痕跡が生まれて、燃えるもの全部に火が付く。僅かに地面に生えた草も、コロコロ転がる枯草のボールも、全部だ。風の中で残る火の粉が、遠くのものに火を灯す。多分、チリが活動時間を伸ばしたのかも。
 けれど、強風に煽られて小さな火は消える。ボウッと力強く燃える炎だけが燃焼を続けた。
(これ、放置したらバレるかも)
 なるべく痕跡は残したくない。わざと目立つ方ならば、そうではないのだけれど。ピッと指を突き立てる。燃え続ける炎を自分の炎で飲み込みながら、消火活動を続けた。
 ──バーニッシュは燃やさないと、生きていけない──。だけど、時には息を潜めて活動もしなければならないのだ。


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