つまらないボケ

 パチッと目を覚ます。もう二人は起きたのらしい。三人で寝るには窮屈なベッドは広く、冷たく感じた。私だけが遅れた。ふぁ、と欠伸を一つして、軽く腕を伸ばす。服を探そうとしたら、もう着せられていた。
(なんというか)
 几帳面というか、うん。ダボダボとした男物の襟首を抓みながら、スリッパを履いた。シャワー浴びたついでに借りたとでも、いっておこう。うん。ペタペタとリビングに向かえば、美味しそうな匂いがした。くんくんと鼻を動かす。
「布団がふっとんだ、なんてな」
「しょうもねぇボケをやめろ!」
「え」
 思わず聞こえた声に足を止めた。私の声がきっかけでなのか、キッチンに立っていた二人の動きが止まる。そしてゆっくりと、こっちに振り向いてきた。なんか、顔が能面なのが怖い。
「えっと、今のは?」
 聞かなきゃいいのに、気になってしまい聞いてしまう。口から質問が出たらもう遅い。「あー」とゲーラが言い淀むのに対して、メイスがキッパリと言い切った。
「ゲーラがつまらないことをいったからだ」
「はぁ!?」
「なんか違うようだけど」
「当たり前だ!! 寧ろ、コイツのつまらねぇボケを回収してやったくらいなんだぜ!?」
「そうなんだ」
「いや、そういうつもりじゃなくてだな。皆の息抜きになるだろうと思って、俺はわざとボケ役に徹したんだ」
「そうなの?」
「嘘に決まってんだろ!! いいか、コイツはお前の寝ているときに、何度つまんえむぐっ」
 途中でゲーラがメイスに口を塞がれた。メイスの方を見れば、なんか殺気立ってる。目でゲーラを殺そうとしている。ゲーラはゲーラで、鼻も呼吸器官を押さえられているせいか「むぐむぐ」と呻いて抵抗をしていた。バンバンとメイスの腕を叩く。窒息寸前を見たのか、パッとメイスが手を離した。
「ぷはっ!! ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ」
「窒息寸前? だったね」
「死ぬところだったわ!!」
「空気も読むことも大事だぞ、ゲーラ」
「お前にいわれたかねぇわッ!! 何度バーニッシュだった頃から手前ぇのつまんねぇボケに付き合い続け」
 たと思ってんだ! とゲーラが叫ぼうとしたとき、フライパンがズイッと出てくる。熱々だ。ジュワッと湯気が出ていて、中で目玉焼きが焼けている。
「わっ、美味しそう。肉付き」
「できたぞ。さっさと用意しろ」
「お、おう」
 据わったメイスの目に催促されてか、ゲーラはすごすごと食器棚に行く。私は寝坊した身なので、先になにか飲みたい。水か牛乳か、コーヒーか。どれにしよう。
 グラスを迷っていると、「おい」とゲーラが声をかけてくる。
「誤解すんじゃねぇぞ。俺がマッドバーニッシュのリーダーやってたことは、お前だって知ってんだろ。俺ぁ、やるときはやる男だぜ?」
「うん」
「だからビシッと決めるときは決める。メイスのつまんねぇボケだって拾ってやるぜ」
「うん」
 とにかく眠い。酸素不足の脳に空気を送り込む。
「漫才でいやぁ、ツッコミがいてボケが成り立つもんだ。つまり俺の方が偉いってこった」
「うん」
 そうなの? とは思いつつ、グラスを探す。水にしよう。
「普段は俺の方がビシッと決めてるんだぜ?」
「そうなの?」
「ななし、水分を補給したら歯を磨いてこい。虫歯になるからな」
「はーい」
 少なくとも、ビシッとゲーラが決めたところは少ないし、あっても皆を率いていたときくらいだ。あとはボス──リオを何かと優先して大事にしてたとか色々。あ、それはメイスもか。メイスもメイスで、さっきみたいなつまらないボケ? をしたり繰り出したりしてるのも見なかったし。あっても気付かないほど少ないんだろう。なんだそれ。
 とにかく、私が見る以上、ゲーラがビシッと決まるのは少ないし、メイスがボケることも少ない。あっても、今みたいにゲーラがこしょこしょと自分のフォローを入れたり、メイスが世話焼きみたいに声をかけるだけだ。なんというか、二人のいう話にはちぐはぐさを感じる。
(それは、ボス──リオも同じことだろうと思うけど)
 多分同じことを聞いても「はぁ?」と同じ感想を持ってくれるに違いない。それか「いつものことだろ」と所感を述べるに違いない。あっ、ボスもメイスのつまらないボケとかを聞いたことがあるってこと? いつ?
 そんなことを思いながら、朝のシャワーを浴びに行った。
(少なくとも、さっきみたいな親父ギャグは、聞いたことなかったし)
 いったい、二人はなにを話しているのやら。少なくとも、私が寝静まっているときに多くあることらしい。いくら考えても、わからないものはわからない。
 そう思いながら、わしゃわしゃと髪を洗った。昨日の名残りは、シャンプーと一緒に消されて上書きされた。


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