寝れば治る(10割負担は辛い)

 自分なりに気を遣ったつもりだけど、まさか風邪を引くとは思わなかった。この自己管理に煩い時代、不注意で病欠をしてしまったら査定に響く。けれども向こうはそういう職場ではないのらしく。「風邪を引いたのならさっさと休め」と意訳したようなことを伝えられた。なので私は今日家で留守番である。つまり、一人で過ごすのである。
「じゃぁ、ちゃんと寝とけよ」
「朝飯と昼飯の分は冷蔵庫に入れてある。食える分だけ皿に入れてレンジで温めろ」
「ちゃんと、なにかあったら連絡を入れるんだぞ」
 と三者三様にいわれる。ついでにゲーラからは頭ポンポンと叩かれた。刺激受けただけで痛いんだぞ、こっちは。とはいえず。「うん」と素直に頷くしかできなかった。
 ズビッと鼻水が出る。そういえば、病院の診察では今流行りの病気の診断は下されなかったな。普通の風邪ということだ。そんなことを思い出しながら三人の背中を見送ると、バタンと扉が閉められる。ポツンと家に、一人残される。鍵を掛けさせる手間もなんだ。自分で閉めておこう。ドアの鍵がカチャンと施錠に回る前に、自分で回した。回せない。
「ななし。今、鍵を挿し込んだところなんだが」
「あ、ごめん」
 ボスが鍵を回そうとしたところなのらしい。慌てて手を離せば、グルンとドアの鍵が回った。カチャンと施錠が施される。それを見てから、ペタペタと部屋に戻った。布団に潜る。とりあえず、考えることもないから寝て過ごそう。怪我をするときも、寝れば回復することもあるし。
 そう野生動物みたいなことを考えてたら、トントンと頭を叩かれた。
「おい」
「ん」
 ゲーラだ。この声はゲーラである。もぞもぞと頭を出せば、此方を覗き込むゲーラの顔が見える。
「あれ、仕事は」
「途中で抜けてきた。っつても、すぐに戻るけどよ。ここに、買ってきたもん置いておいたからな。ちゃんと使えよ」
「んー」
 とりあえず寝かせてくれ。そう思いながら布団を頭から被る。「ったく」とゲーラが呆れた声がした。それからガサゴソと音が聞こえる。
「これだけは飲んどけよ。あと、変なヤツが来たら家に上げるんじゃねーぞ」
「んー。わかってるー」
「本当かよ」
 いかにも信じられないといわんばかりに、げんなりとゲーラが口にした。絵に描いたような不審者でしょ。わかってるって。そう思ってたら「チャイムが鳴っても出るんじゃねぇぞ」とゲーラが口にした。まるで、七人の子ヤギである。
「絵本かなにかだと勘違いしてるの?」
「なにがだ」
 そう返したら、メイスの声である。いつのまにか、そうなっていたんだろう。慌てて体を起こすと、確かにメイスである。そして時計を見れば、遥かに寝たときよりも時間が過ぎている。
「あれ?」
 もしかして、時間間隔が狂ったのだろうか。メイスの方を見れば、サイドチェストに置いた袋の中身を整理していた。横に、ポカリスエットが置いてある。
「これ、最初から出ていたぞ。温くなっているがな」
 うんと頷く余裕もなく、黙って受け取る。確か、冬だからここまで温くならないはずなのに。グッと蓋を開けて中身を飲めば、確かにポカリスエットの味がした。そして、部屋が暖かい。
「暖房、付けたか?」
 黙って首を振る。付けた覚えなどない。
「じゃぁ、誰かが訪れたのか。ゲーラか?」
 買ったものから判断したんだろう。確かに、寝る前に見たのはゲーラの顔である。寝直した前に聞いたのも、ゲーラの呆れた声である。あの注意した言葉だ。『オオカミと七人の子ヤギ』それを思い出させるような、一言である。
「それ」
「回復したら食えということなんだろう。今は食べるんじゃないぞ」
「ちょこれぇと」
「その前に食べるものがあるだろうが」
 ったく、といわんばかりにメイスが顔を顰めた。そこまで邪険にするの、酷くない? そう思って眉を顰めれば、メイスの眉間の皺が伸びた。まるで、悪いといわんばかりにだ。
「ところで。ちゃんと食べたのか。まだ一つも手に付けていないようだったが」
「あっ」
「食べてないんだな」
 念を押すメイスの一言にコクコクと頷く。悪いが、食欲はまだないのだ。最悪、口にすると吐きそうになる。すごすごとベッドに戻ると、布団の上で「ったく」とメイスが頭を抱えたようにいった。
「これじゃぁ、作った本人も浮かばれないだろうな。チキンスープもあるというのに」
(そういえば)
 冷蔵庫の中身って、いったいなんなんだろうか。痛みに呻いて目を閉じると、また痛みが引いてきた。
 体が怠い。少し浮上して軽く目を開けてみると、喉のイガイガが気になる。コホンッと咳をすれば、ガタンと音がした。
 その音に目を開ける。暗い。布団だ。
 もぞもぞと顔を出せば、椅子に座って本を読むボスの姿があった。
「りお」
 名前を呼べば、ボスがこちらに顔を上げる。
「ななし。体の具合はどうだ?」
(全然)
 そう指し示すように、フルフルと首を横に振る。「そうか」とボスが頷いた。それから本に戻る。
「全然食べてないからな、当たり前か」
「え、ゲーラと、メイスは?」
「夜勤だ。僕だけが身内の看病ということで抜け出してきている」
 ちなみに緊急のアラームが鳴ったら、すぐに出勤だ。とボスが専用の通信機器を取り出してくる。
「私も、出れるのに」
「ななしは自分の体を治すのが先だろう。病人が現場に出ても、皆が混乱するだけだ」
「風邪なのに、気付かないではしゃいでいた癖に」
「それは過去のことだ。それに、それはお前たちだって同じことだろう」
「うん」
 全員で仲良く風邪を引いてぶっ倒れたのはお笑い種である。今となっては。きっと集団で受ける予防接種とかしてないから、あんなに一気に同時に罹ったんだろう。ピタッと冷えたのが額にかかる。
「ストレスで体を崩す場合もあるからな。ちゃんと体調に気を遣うんだぞ」
「うん。りお」
「なんだ」
「お腹すいた」
 そう要求を吐き出せば「はぁ」とも「ふぅ」とも形容しがたいような音が聞こえた。
 パタンと本が閉じる。
「チキンスープとパン粥。どっちがいい? オレンジジュースもあるぞ」
「全部」
 そう欲張りメニューを告げたら、ボスが立ち上がった。パタ、パタとスリッパの音がして、部屋の扉が閉まる音がする。時計を見れば、もう夜の十二時に回ろうとしていた。ついでに三人を見送ってから、余裕で半日は経っている。
(一日のほぼ、寝て過ごしたのか)
 そんなことを思いながら、ボスの作った日にはちゃんと起きよう。そう心に目覚まし時計をかけてから、布団に潜り直した。
 飲みかけたポカリスエットの表示を眺める。文字を読むだけでも頭が痛い。
(そういえば)
 この商品、滅多に出ないし病人食に良いとは聞いていない。文化が違うのだ。先に出た通り、ポカリスエットではなくて炭酸飲料やミルクにオレンジジュース。あとチキンスープやパン粥とかお腹に優しいものではなくて、ガッツリこってりレシピ。お肉とかステーキとか、胃凭れのしそうなものだ。実際、皆で仲良く倒れたときにそれが出て、叫んだこともあった。
(リオもゲーラもメイスも普通に口にしてたけど、まさか)
 そんなことを覚えてるなんて。そう思いながらも、封を開けたポカリスエットを飲み直していたのであった。
 相変わらず、不調である。体の動きと脳の意識が追い付かない。
 このちぐはぐに頭を痛みながら、もう一度眠りに戻った。


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