土砂降り雨降りずぶ濡れカフェ

「お前、良い加減自分のバイク買ったらどうなんだよ」
「高い」
「安いのを買って、自分で改良する手もあるぞ」
「そこまでバイクに詳しくない」
「ななしのバーニッシュサイクルは、カフェレーサーの型に近かったな。今度僕が見繕ってやろうか?」
「ボス」
 今はそういう話ではない気がする。
「確かにそっちの方がバイクの形としては好みですけど」
「じゃぁ、なんでゲーラの方に乗っているんだ。乗り心地としては似てないだろ」
「安定してるから。それにメイスの場合、急に荒っぽくなるし」
「確かに。慣れてねぇとキツイわな」
「そりゃぁ、ツーリングにコツはいるが、そこまでいうことはないだろ」
「あともうバーニッシュアーマー纏えないから、落ちたときが非常に怖い」
「お前、そういうことを思ってたのか」
「それを思っての、アレねぇ」
「の、割には結構動いてたよな? お前」
「うるせー」
 ベッと舌を出す。まぁ、カフェレーサー云々の形に関してはアレだ。恐らく漫画とかテレビとか、そういった影響もある。なんかデザイン的に映えるのとよくされてたの、アレっぽかったし。それとあれはそっちのバーニッシュサイクルに無理矢理アレしてガッとバーニッシュアーマーにて固定したからできたことなんですー。
 それを含めて、ベッと舌をもう一度出す。
「メイス。余所見は危ないぞ」
「はい。信じられねぇな」
「安定性と疲労の度合いが少ないでいったら、断然バギー」
「おい。そういう基準で選んでたのかよ」
「なら、僕のバイクには乗れなさそうだな」
「ボス。そのバイクの構造上だと、そもそもサイドカーを付けなければ無理のような」
「っつか、それだとボスの機動性が落ちますぜ?」
「それだったらメイスのオフロードバイクに乗った方がマシだ……」
 そうボヤいたら「ハハッ」とボスが笑った。
「というか。万が一する機会があるとすれば、僕は別のバイクにするんだがな」
「えっ」
「そうなんすか、ボス」
「意外。他のも乗りこなせれるんですか?」
「当たり前だ。ツーリングやサイドカーの場合だと違う技術が必要になるんでな。それに合わせて、バイクの機種も変える必要もあるんだ」
「なるほど」
「つまり、それは風を感じるためにあるんですね?」
 メイス、さすがのチョイス。そう言葉のセンスに感心していたら「そうだな」とボスが頷いた。
「爆音も振動も、心地がいいものでな」
「わお、流石ボス。納得のこだわりー。でもわかる気がする」
「乗り心地は重要だもんなぁ」
「あぁ。それに、音でエンジンの調子もわかる」
「そうだな。ついでに振動でもわかるぞ」
「バイク乗りあるある」
「お前も乗ってるだろ」
「ついでにゲーラのはどうだ?」
「普通」
「普通かよ」
 そう話をしていたら、ポツポツと空模様が変わる。鼻に雨がかかった。
「あっ、ボス。雨」
「やべぇな」
「どこか雨宿りできるところでも探すか」
「といっても、この辺りに停めれるところなんて、おっ」
 あ、ボスがなんか見つけたっぽい。
「あそこはどうだ? 値段は張るような気はするが、このまま雨ざらしにするよりはマシだろう」
「ですね。防止加工はしてあるとはいえ、油断はできない」
「おう。もう一度塗り直さなきゃいけなくなるしな」
「せつじつー」
 いや本当に切実だけど。お財布的な意味でも。と思ってたら急に土砂降りになった。
「最悪!」
「これは、急がないとヤバそうだな」
「えぇ! もうすでにずぶ濡れですし!!」
「ブエックション!!」
 あ、ゲーラが風邪を引いた。運転手の体調を心配していると、急にカーブを切る。坂道を下って、地下駐車場に入った。心なしか、ピカピカの高級車が多いような気がする。
「ここに停めておきますか」
「あぁ。とりあえず三つ空いてるのが幸いだな」
「俺のだと結構場所取りやすからねぇ」
 っと、と掛け声みたいなのを漏らしてゲーラが停めた。ヘックショとまたゲーラからクシャミが出る。
「もしかして、引いた?」
「引いてねぇよ」
「そういえば、この前のときもそうだったな」
「なに? だったら、早く体を乾かさないといけないな」
「ボス。別にそこまで気にかけなくても、大丈夫です、ベックシ!!」
「ほら、もう最後までいえてない。ボスに風邪を移さないためにも、早く温めるところに行かなきゃ」
「といっても、この辺りにはあったか?」
「提案がある。確か、この上にはカフェみたいなところがあったはずだ。そこの店主にタオルを借りよう」
「しかし、貸してくれるんですか?」
「あぁいった店の店主は気前がいい。なにか注文をして頼めば、後腐れがない」
「なるほどねぇ」
「じゃぁ、店主の人の良さに賭けるしかないですね」
「安心しろ。あぁいった店の雰囲気だと、大抵人が良い」
 ボス、めっちゃ経験あるなぁ。と思ってたら、もう階段を上ってる。私もビルへ続く階段を上る。少し振り返ると、同じように上るメイスとゲーラの姿が見える。ゲーラに至っては、寒そうに体を擦ってるけど。ちなみに三人のバイクはちゃんとエンジンが止まってるし、キーもかかってる。
(盗られる心配はないかな)
 高級そうな車がある辺り、まぁ大丈夫だと思いたいけど。
 ビルの中を歩き、ボスのいった店の中に入る。カランコロンと音がした。ベルだ。
「いらっしゃいませ。おや」
「四名だ」
 ピッとボスが指を四本立てる。やっぱり場慣れ感があるなぁ。と思ったら席を案内された。手で差されただけだけど。当然、窓際を選ぶ。
「タオルなどを貸してもらえると、助かるんだが」
「連れが風邪を引きそうなんだ。クリーニング代を入れても構わないから頼む」
「いえ、お気遣いなく。とりあえず、その場で待っていてください」
 おぉ、追い返されない。普通なら嫌な顔をされて無言で奥に引っ込むのに。そう思って店主の後ろ姿を見てたら、ムンッとボスが自信満々に胸を張った。
「な? 僕のいった通りだろ?」
「えぇ。お手柄です、ボス」
「流石ボスですね。見事な慧眼です」
「すげぇぜ、ボ、ブエックショイ!!」
「ゲーラは、早く風邪を治そうな」
 ボスが苦笑いをする。そうこうしているうちに、店主がタオルを持ってきてくれた。四枚。
「どうぞ」
「ありがとう。はい、ボス」
「あぁ、ありがとう」
「とりあえず、ゲーラは先に拭こうか」
「うおっ!?」
「そういうお前も拭け」
「ヴェッ!?」
「おい、メイス。お前の身長が高くて腕が届かん。少し屈んでくれ」
「ボス。別にこういうわけで拭いてるのではないので」
「この中で頑丈なのメイスだし」
「テメッ! 俺が一番貧弱だとでもいいてぇのか!?」
「風邪を引きやすいだけだろ。それに、ななしの場合はすぐに終わる」
「えっ。まだ濡れてるんだけど?」
「自分でできるだろ。俺も早く拭きたいんだ」
 そういって、メイスは頭に被ったタオルで自分の髪を拭いた。なんだよ、それー。そう思いながら、ゲーラの頭をワシャワシャ拭く。
「もういいだろ」
「まだ。首元まだ濡れてるじゃん」
「いいっつーの。そのくらい自分でできるわ」
「じゃぁ、僕がななしの頭を拭いてやろう。ななし、ちょっと屈んでくれ」
「はい」
「では、俺がボスの頭を拭いてあげましょう」
「助かるぞ、メイス」
「なぁ。普通、俺とお前の順番が逆じゃね?」
「残念。この役は譲らない」
 ムスッとしているゲーラを受け流しながら、ワシャワシャとボスに頭を拭かれる。ついでに髪もボサボサだ。
 ゲーラの髪の水気を完全に拭いきったら、手を離した。すかさずゲーラがタオルを引き寄せる。そしてゴシゴシと首や服周りの水気を取った。
(私もしなきゃなぁ)
 自分の濡れた服を見ながら、動くタオルを掴む。
「ボス、ありがとうございます。もう大丈夫です」
「うん? そうか?」
「はい。あとは自分でやりますので」
「ま、お前も女だしな。少し後ろを向いてやるから、下がれ」
「それ、どういう意味?」
「そういう意味だろ。透けてんぞ」
 それに少しだけフリーズしたあと、八つ当たりにゲーラを蹴った。
「いって!」
「先にいってよ」
「目立つレベルじゃないから安心しろ」
「そうだ。それに、僕たちだって濡れてるから安心しろ。ななし」
「ボス、そういう意味では、うーん。でも、一番危ないといったらボスですし」
「だな」
「いくらボスが強くても、俺たちが黙ってられない」
「は? なんの話をしているんだ?」
「別に。その前にボスを拭かなきゃなぁと思っただけで」
「そういう輩がいたら、俺たちがビシッとやっときますんで!」
「安心してくださいね」
「なにをどう安心しろというのがわからないが。まぁ、気持ちだけは受け取っておこう。店主、悪いがもう一枚タオルを頼む」
「えっ」
 もう乾いてるのに? それとも、ボスだけ寒いんだろうか。
「ボス、それでしたらバスタオルの方がよろしいのでは?」
「寒いのか?」
「えっ、それだったらゲーラの方が」
「俺はもう平気だぞ!! ズビッ」
「痩せ我慢は体に毒だぞ。ゲーラ」
「ゲーラの分も頼むか、って。助かった。ありがとう、店主」
 ポンッと二枚のバスタオルを受け取ったボスが、店主に対してお礼をいう。それに対して店主は「いえいえ、どうも」と返すだけだ。
(人がいいなぁ)
「ほら、お前たち」
「えっ」
「う、ん?」
「とりあえず上着を脱いで、乾かしてもらえ。サービスでしてくれるぞ」
「貴重品は手元に置いておけよ」
 ついでにメイスも預けてるし。とりあえずゲーラと顔を合わせてから、上着を受け取った。
「お前のは僕が預かっておこう。ほら、貸せ」
「はぁ。ありがとうございます、ボス」
「とりあえず肩からタオルを被っておけ」
「はぁ、わかりました」
 いったいどういうことなんだろう。そう思ってたら、ボスが私の上着を店主に預けていた。いったい、本当、どういうことだったんだろう。ゲーラも上着を店主に預け、肩からバスタオルを被る。
「うぅ、さびぃ」
「やっぱり寒いじゃん」
「なにか温かいものを飲んだ方がいいんじゃないのか?」
「あぁ、店主がサービスでなにか淹れてくれるらしいぞ」
「優しい」
「これは、なにか恩を返さないとですね」
「やられっぱなしは癪に合わないぜ」
 ズビッとゲーラが鼻を啜る。
「たくさん注文しよう」
「それが手っ取り早い恩の返し方になりますね」
「高いヤツでも頼みやすか?」
「とりあえず窓際にしとこう」
「そうだな。とりあえず乾いたとこだし、席に移るか」
 とりあえず濡らすことはなさそうだし、それがいいと思う。下着までビショビショにならなかったのが幸いだけど。そう思いながら窓際に座ろうとしたら、ズッとゲーラに邪魔される。
「ちょっと」
「俺ぁ窓際がいいんだよ」
「確かに。そっちの方が良さそうだな」
「は? ちょっと、メイスまで」
「僕は通路側に座るか。とりあえず、なにを頼む?」
 ボスがメイスからメニューを受け取って、広げる。ランチメニューが別紙で挟まれていた。多分、時間帯的にもランチの時間なんだろう。そう思ってたら、キッチンの方からカタンと音が聞こえる。
 陶器の重なる音だ。見たら、店主がなにかを淹れていた。
(なんだろう)
「セットメニューにしますか」
「足りなきゃ別で頼めばいいしな」
「飲み物はなににする? 別で頼むぞ」
「じゃぁ」
「カフェインは、飲みたくない気分だなぁ」
「右に同じ」
「僕もだ」
「俺も飲みたくねぇな」
「とりあえず次の機会に回して」
「ないとすれば、これだな」
 ドンッとソフトドリンクの項目が現れる。生憎私以外は全員運転手なため、酒を飲むことができない。というかそもそも、あってもナイトメニューの方にしかない。チラッとメニュー立てにあるナイトメニューを眺める。
「単価高いのを選ぶか。じゃんじゃん好きなのを選べ」
「じゃぁ、好きなのを選びますか」
「おう。ミックスジュースな」
「俺はミルクセーキだ」
「僕はクリームソーダにしとこう」
「じゃぁ、私はイチゴミルク」
 四ドル、五ドルの単価は避けて、六ドルから八ドルの範囲を選ぶ。一番ボスのが高い。
「ランチはどうする? ここは自分の胃袋と相談しろ」
「では、トーストで」
「肉が食いてぇんで、ミートソースにしやす」
「私は、どうしようかな。とりあえずパフェでいいや」
「なんか食え」
「本ッ当、目を離すとなにも口にしねぇな、お前はよ」
「なに? ちょっと、ちゃんと食べてるけど」
「過信できないからな。分けるか?」
「大丈夫です。スープも他に頼むので」
「お前なぁ」
「だったら最初からセットで頼んでおけ。お得だぞ?」
「そういわれてもなぁ。あ、ありがとうございます」
 突然きた紅茶にお礼をいったら「いえいえ」と返された。そして「ごゆっくりどうぞ」とも返される。
「本当、人が良いなぁ」
「おっ、ジンジャーティーか」
「確か、東洋だとジンジャーは風邪の予防にも治療にも良いとか」
「ズッ。本当かねぇ。チキンスープの方が効果はいいんじゃねぇの」
「ゲーラ。実はそれにもジンジャーは入ってるぞ」
「マジか」
「お砂糖少々お塩少々、スパイスをほんの少しにってね」
「ななし。それはなんだ?」
「故郷で聞いた歌です」
 確か、そういう子ども向けの料理番組があったはず。そう思いながら紅茶を飲んだら、生姜のほろ辛さを感じた。けれどもちゃんと紅茶の味に合ってる。恐らく、紅茶の葉を使い分けて出すくらいの技術は持ってるんだろう。
(腕もいい、と)
「とりあえず、僕はサンドイッチセットにするか」
「あぁ、比較的少なそうなのがありますね」
「ケーキセットか」
「ななし、どうする?」
「オヤツはあとで。なら、これ」
 といって、ホットケーキセットを指差す。ランチメニューでもなんでもないが、お腹に入れるなら温かいものが良い。そう思って諦めを見せたら、ボスたちが感心したように頷いた。
「ほう。なるほど」
「お前、ホットケーキが好きだったのか」
「初耳だぜ」
「いや、この中で選ぶならって話だけどね?」
「それでも好きなものに間違いはないだろう。店主、注文が決まった」
 そういって、ボスが片手を上げる。多分他のお客の食器を片付けてただろう店主が、こっちに気付いてやってきた。
 ボールペンと黒いカルテみたいな長細いの片手に、注文を取る。ボスの声を聞きながら、ボーッと窓の外を見ようとした。でも見れない。圧倒的にゲーラが邪魔。視界の端に入る。
「ゲーラ」
「んだよ」
「鼻、良い加減に噛んだら?」
「ズッ。ハンカチもティッシュもねぇだろ」
「タオルがあるじゃん」
 そういって、店主に渡さなかったタオルでゲーラの鼻を拭いた。少し汚れてしまったが、仕方ない。それをいってしまえば、排気ガスを浴びた私たちでもうタオルもバスタオルも汚れている。些細なこととなる。
「ガキじゃねぇんだぞ」
「わかってる」
 そう返したら、メイスが店主にティッシュはあるかと頼んでいた。
「"Dish" ではなくて?」
「"Tissue" だ。あったら頼む」
 発音、似てるもんなぁ。そう思ったら、店主が頷いて店の奥に消えた。
「チップ弾まなきゃ」
「そうだな。タオルとティッシュの件もある」
「ティッシュは俺が言い出したことですし、俺が出しましょう」
「んじゃ、使うのは俺だから、使った分は俺が出すわ。ズビッ」
 さっきから鼻を鳴らしてばかりなんだけど、本当に大丈夫なんだろうか? そう思いながら、店主が料理を作り出すまでを待った。
 ソファに凭れ掛かる。バスタオル越しに体を預ければ、心地よいフィット感を感じた。
「ね、ボス」
「なんだ?」
「もしかして。ここってかなりお偉いさんとか金持ちのくるところなのでは?」
「冴えてるな、ななし。もしかしたらその線もあるかもな」
「ブッ!?」
「マジすか!? ボス! に、しても安すぎじゃぁありやせんか? それと比べちゃぁ」
「金持ち向けでも、充分僕たちに払える範囲ということだろう」
 そういって、ボスがズッと紅茶を飲む。まぁ、確かに。粗方メニューを見ても結構庶民の稼ぎでも食べれそうなものばかりだし。つまり、わざと店の質を上げてるのは、そういう輩を来させないため? そんなことを考えてたら、メイスがボソッと呟いた。
「キングスマン」
「あぁ。あの映画にも、そういうの出てたよなぁ」
「あれだと、アレな輩は来ていたそうだが」
「確か、『礼儀を教えてやる』だっけ? この前見た」
「『礼節が』じゃなかったか?」
「あのアクションシーンが中々良かったな」
「っすね。傘の捌き方もヤバかったっすし」
「あれぞスパイ映画の娯楽を詰め込んだってヤツだな」
「続編、まだ見てないなぁ」
 そんなことを話してたら、キッチンの方で調理を始める音が聞こえる。最初に作るのは、なんだろう。
「時間かかりそう」
「まぁ、四人分を作るしな」
「気軽に待つとしよう」
「服も乾かさなきゃいけねぇしな。ブエックション!」
「ゲーラ、せめて口だけは押さえてよ」
「押さえてらぁ」
 ズビッと鼻を噛みながら、手の甲で口を押さえたゲーラがいった。


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