いぬむた

 カタカタとキーボードを打つ音が聞こえる。本に囲まれた場所は落ち着く。しかも役立つ本がすぐそばにあるというオマケ付きだ。ディスプレイで色を確認する。一般家庭のはこれより劣るとはいえ、ユーザーにこれを用いている存在も否めない。
 最高の機材でデザインを確認したあと、細かな修正に移った。その一方、犬牟田さんは相変わらずバーチャルで遊んでいた。
 ピクリと動かない犬牟田さんに、声をかける。
「おーい、起きてますかー? 犬牟田さーん?」
 無言だ。返事はない。ディスプレイから身を乗り出す。犬牟田さんはアイマスクを被ったときと同じ状態で、座っていた。つまり仮眠と同じ体勢だ。
 少し背凭れから体をずらして、向かい側の足を蹴る。
「おーい?」
「うん……?」
 ピクリ、と犬牟田さんの肩が動く。ようやくお目覚めだ。
 私はスマートフォンを開き、納期の確認をした。
「しっかりしてくださいよー? もう少しで納期なんですから」
「あー、そうだっけ? 君の方はできたのかい?」
「まぁ、あとは動きを見て、ですけど」
「そう。じゃ、送るわ」
「え」
 簡単に言い放った一言に固まる。えっ、どういうこと? そう混乱する間も入れず、通知がきた。
 差出人を確認し、開く。驚くことに、完成したデータが入っていた。
「うそ……」
「嘘じゃないさ。ちゃんと終わってる。あとは君の進捗を待っていた」
「うそ……」
「嘘じゃないっていってるだろ。そんなにいうなら、ちゃんと確認してみろ」
 そういうので、早速ファイルを開いてぶちこむ。すると、ちゃんと動いた。うそだろ……。私の苦労は……?
 一気に疲労がきた。
「うそ……。なら、最初から犬牟田さんがやれば……」
「馬鹿なことをいうな。新入りなら色々とこなして自分のモノにしろ。俺がやっても、意味がないだろ」
「それは、そうだけどぉ……」
 でもでも、最初から犬牟田さんがやれば、こんなに納期に焦ることもなかったし苦労することもなかった。
 机に突っ伏して泣いてると、呆れた溜息が聞こえてきた。
「そう不貞腐れるな。頑張った分はちゃんと身についただろ? アー、ヨカッタ、ヨカッタ」
「うぅ……。全然心の籠っていない……。でもでも、ちゃんと見てくれれば」
「君は一度やらないとわからないだろう?」
「うっ!」
「だから俺は敢えて放置したというわけさ。いやぁ、良い先輩がいてよかったな! 感謝してくれても良いんだよ?」
「うぅ」
 キランと決めポーズを取って眼鏡を光らせる犬牟田さんに、言葉が出ない。冷たい机に知恵熱で暑い顔を押し付ける。
 物理的に頭を冷やしても、なんも良い考えは浮かばなかった。
「……インスタ映えで有名なところ、一緒します?」
「おっ、それは良い考えだね!」
 最近インスタに嵌まってる犬牟田さんに、喜んでもらえる内容だったようだ。
 とりあえず言い出した手前、ちゃんと調べなきゃな。そう思って自分のインスタを開く。この前投稿した写真にたくさんのいいねが付いていたから、多分予定している店で大丈夫そうだな。
(いつにしよう……)
 ついでに気になる店にも行こうかな、と考えながら体の熱を冷ました。


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