テーブル上で金魚が渇く(りゅーこ・マコ)

 ちゃぶ台の上で、金魚が泳ぐ。どうやら縁日でゲットしたらしい。ガッツが爛々と目を輝かせて、狭いコップの中を泳ぐ金魚を見ていた。涎も垂らしている。最早、食欲が先だ。小さな鑑賞用魚を、食料としてでしか見てない。チリンと縁側で風鈴が鳴る。夏の風物詩としては、ちょうどよかった。
「おー、なまえ。どうよ? もうそろそろ大丈夫か?」
「うん、ありがとう。おかげで大分良くなったよ」
「こら!! ガッツ! これは食べちゃダメっていったでしょ!?」
 メッ! と叱るマコちゃんの声が聞こえる。どうやら、ガッツが金魚を食べようとしたらしい。コップの水は減っていて、ちゃぶ台は濡れていた。それを気にせず、マコちゃんが縁側へ近寄る。コトン、と日陰のところに金魚の入ったコップを置いた。
「ほら、なまえちゃんもこっち来ようよ! 涼しいよぉ? 今、父ちゃんがデッカイ氷をぶった斬ってくれてるから!!」
「マコぉ。そこに置いておくと、またガッツの野郎に狙われるんじゃね?」
「あっ! こら!! ガッツ!」
 近付くガッツを見て、すかさず金魚を高いところに上げた。流石にマコちゃんへ噛み付くつもりがないのか「ガッツ、ガッツゥ」と情けない声を上げている。目もしょんぼりと下がっていた。犬──というか満艦飾家の犬全般といった方がいいだろう。目先の食用可能なものに対する食い意地が凄い。三杯目の麦茶も飲む。
「なぁ、なまえ。知っているか?」
「え?」
「それ、満艦飾家の最後の麦茶なんだぜ?」
「えっ、嘘。マジ? ヤバいな、悪いことをしちゃった」
「大丈夫! 今麦茶を沸かしているところだから!! 余った氷をぶちこめば平気平気!」
「ところで、その氷ってなんの氷だよ?」
「ドライアイスだったら危ないよ。なんだろう、胃袋が破裂?」
「ひぇっ!! それは怖いよ!? だってドライアイスを食べたらお腹が破裂しちゃうんでしょう? じゃぁ、ドライアイスをお腹に詰められたお魚も破裂しちゃうってこと!? それだと、お魚さん自体が勿体ないよ!」
 勿体ないよ、とエコーが鳴るけど、そうじゃない。それじゃない。無言で首を振る。
「冷凍の魚は、既に死んでいるし、仮に生きていたとしても仮死状態。胃袋は止まって胃酸も出ないから、多分大丈夫だと思うよ」
「そうだ、そうだ」
「えぇ、そうなの!? じゃぁ、その『イサン』ってのがなければ大丈夫ってことなんだね!?」
「でも舌に張り付いて痛い思いをするかも。だって、肌に張り付くような冷たさもあるし」
「うぇえ、痛いのは嫌だなぁ。ありがとう、なまえちゃん! ドライアイス、食べないように気を付けるね!!」
「うん。気を付けてね」
「マジでやっちまうのが、満艦飾家の怖いところだからなぁ。あっ、だとしたら水に浸かっても大丈夫なのかよ!? 水自体も身体に張り付かねぇか!?」
「水と反応するから、恐らく塊に触れなければ大丈夫だろうとは思う。まぁ、浸かったとしても南極の氷レベル?」
「南極! つまりドライアイスを大量に使えば、南極でバカンスできる気分を味わえるってことだね!?」
「うーん、多分そんなバカンスはできないと思う。重ね着が必要だと思う」
 南の国でバカンス、なんて悠長なことはいってられないと思う。とても大切なことなので、何度も『思う』と出してしまった。口を手で隠す。流子ちゃんが不思議そうな顔をしてたけど、理由はいえない。「えぇ、そうなの!?」とマコちゃんがビックリしたようにいった。
「なんだ、ガッカリ」
「南国でバカンスなら、ハワイかカリブ海辺りが一番だね」
「ハワイって、あそこだろ? カリブ海っつーと、どこだ?」
「アメリカ合衆国とメキシコの間にある海に浮かぶ諸島」
「はいはいはいはい!! ハンバーガーとサボテンの国だね!?」
「うーん、そうだったっけ? 確かに、サボテンで作るお酒はあるはずだけど」
「あるのかよ!? ったく、食えりゃぁなんでもいいのかねぇ。まるでマコん家みたいだ」
「流子ちゃんもね! 流子ちゃんも満艦飾家にいるんだから、仲間外れなんてことはないよ!」
「ハハッ、そうだな。確かに、いわれてみりゃぁ腹も丈夫になったし」
「うんうん! 満艦飾家の家訓!! 食べられるものは捨てるべからず! 最後まで美味しく食べる!!」
「でも、腐ったものはやめようね」
「青くなったジャガイモは食べない!」
「そうそう」
「コンニャクも生では食べない!!」
「死ぬからな」
「生の蒟蒻芋は絶対駄目だし、手作りできないなら既製品を買った方がいいよ」
「コンニャクもお財布に優しいもんね!?」
「けど、アタシはパス。生のまま食べたくないぜ」
「えー、そうなのぉ?」
「ちゃんと茹でなきゃ駄目だよ? 下茹でや灰汁抜きをしないと」
「そういう話じゃなくて。せめて食べるなら見えない形にしてくれってことだよ」
 そうなんだ。一息入れるつもりで、熱中症からの回復を見た。


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