幹部が幼児化した−その@

 久々にエリス博士にあったら、呼び止められた。「ちょっと良いかしら?」「少し付き合ってほしいのだけど」その話に付き合うと、なにやら実験のデータがほしいのらしい。あれやこれが足りないと聞かされる。「でね、貴方、あの二人と知り合いでしょう?」「これを飲ませてほしいの」「大丈夫、体に毒はないわ」そういうけど、本当だろうか? エリス博士のことだから、毒はないに違いない。けれど不安だから、一口飲もうとしてみる。すると、目の前でエリス博士が慌てたように止めた。「ダメよ」「貴方はまだ服用しないで」「とりあえずは二人に飲ませて、ね?」「なにかあったら連絡するように」といわれて、同じ色の液体が入った小瓶を二つ、渡された。ちょこんとテーブルに置くだけでも、雑貨として機能する。
 色々とレイアウトを考える。観葉植物を探していたら、二人が帰ってきた。紙袋を抱えていることから、色々と買いに出かけてたんだろう。ゲーラとメイスが声をかけてくる。
「なんだぁ? えらく張り切ってるじゃねぇか」
「中身はジュースか? ついでにお前の大好きなものも買ってきたぞ」
「ありがとう。二人に渡して、だって」
「ほーう。俺たちにねぇ」
「中身は酒か? で、差出人は?」
「エリス博士から」
 そう正直にいうと、二人が固まった。ピシリ、と笑顔が張り付いている。大方、リオからの贈り物だと誤解していたんだろうか? 残念ながら違う。エリス博士だ。「あの、か」とゲーラが神妙に呟く。「高い酒でもねぇのか」とメイスが頭を抱えた。二人とも、顔を青褪めている。血の気が引いているように見えた。(なんか、あったのかな)でもエリス博士から聞いたことを伝える。
「毒はないって」
「あったらあったで困るわ!」
「寧ろ服毒殺人事件として一面を飾るぞ。ったく。なんでもかんでも貰ってくるな」
「そうはいったって」
 注意されてしまった。けど、貰ったことにも理由はあるのだ。
「飲もうとしたら、まだっていわれたよ?」
「まだ、って。テメェも飲む予定があるってことかよ!?」
「はぁ。俺たちはモルモットじゃないんだぞ?」
「謝礼金もこのくらい出るって」
 エリス博士がいってた、と渡された紙を見せる。請求先の名前が書かれていて、いくつかのゼロが並んでいる。『$』マークが先頭に、最後のゼロの尻尾に『‐』の線が付いていた。(これを見せれば納得する、っていってたけど)そう簡単に納得するだろうか? と思ってたら、すぐに小瓶を飲み干していた。警戒心を投げ捨てている。エリス博士の読み通りだ。二人の喉仏が二、三回上下に動く。瓶を空っぽにすると「ぷはぁ」と息を吐いた。
「ヘヘッ、なんだ。なんともねぇじゃねぇか」
「フッ。ただの虚仮威しだったようだな? で、どうやって報告書やらを書くんだ?」
「あ、うん」
 流石メイス。話が早い。タブレットを開き、キーボードを出す。「こう、PDFで送って」あ、ファイルの形式じゃなくて、どうやって送るかもいわなきゃ。「なんか、文章作成アプリで文章作って」振り向くと、二人が小さくなっていた。身体を屈めて、っていうことじゃない。確かに最初は身体を屈めて、私の手元を覗き込んでいた。それが、パソコンで縮小するみたいに、ドンドンと小さくなって。姿を追ったときは、服だけが元の大きさだった。
 二人の身体だけが、小さい。肩を通り越して、襟首から身体を出してる。全裸? しかも、村の子どもたちよりも小さいような。「ななし、ななし」って、ちっちゃいゲーラが腕を伸ばす。それに応えて抱っこすると、ギュッと裾を引っ張られる。ちっちゃいメイスだ。指をしゃぶりながら、ジッと私の裾を見ている。ちっちゃいメイスも抱きかかえる。腕の中で、二人が睨み合った。
(なんで)
 バチバチと火花を飛ばし合っている。仕舞いには「うーうー」「あー!」と叫びながら取っ組み合いを始めてしまった。やめてほしい。ゲーラ、私の髪を掴もうとしないで。痛い。メイスも肩をギュッと掴んでるから、その力。本当に子どもの力? 容赦ない。
(どうしよう)
 とりあえず、事の原因──エリス博士に尋ねた方が早い。交互にゲーラとメイスを下ろして、両手を自由にする。ゲーラが膝に登り始めた。メイスが手元を覗き込もうと、テーブルに座り始めようとした。慌ててソファに戻す。片手で器用にタブレットを操作して、エリス博士に繋ぐ。画面にエリス博士が出てくると、いきなりガッツポーズをされた。
『やったわ!!』
「あの」
『ありがとう、ななし。貴方ならやってくれると信じていたわ』
「なにも聞いてないんですが、あの」
『安心して。薬の効果は一日経てば消えるわ。恐らく、タイムリミットが近付けば、彼らの身体に異変が起きるはずよ』
「異常が? もしかして、肉がボコボコだったり?」
『いいえ。まるで、一秒ごとに一つ年を取るみたいな』
 とエリス博士が思案している間に、ゲーラが登り終える。「ななし、ななし」と口や頬をペシペシと叩いて、メイスが脇に、ギュッとしがみついている。これじゃぁ左手を下ろせない。しかも、二人の目もキラキラと輝いている。悪意がない分、どうしようもない。エリス博士に至っては、なにか腹の底で考えていそうだけど。
「とりあえず、後遺症とか、酷い後遺症とかはない感じで?」
『えぇ、そうね。あったとしても、軽い記憶の欠如ね。ちょうど、その状態でいるときの記憶が、丸ごと』
「へぇ」
『そうね。その薬は一時的に肉体へ過大な負荷がかかるの。そのときに、記憶の海馬部分にも作用が──って、いったらわかりやすいかしら?』
 仕組みや原因を考えていると、エリス博士が説明してくれた。有難い。って、うん? ちょっと待って。そんなに『身体に大きく負担がかかる』ということなら、もしや。「あー!」と叫ぶゲーラの手を外す。メイスの頭を撫でてから、ゲーラをソファに下ろした。今度は腕を引っ張ってくる。
「じゃぁ、副作用が強く出る可能性があるってことじゃ」
『ちゃんと入ってたら保険金は降りるから。あのお金はその補填に使って』
「待って」
『重度の後遺症は残らないはずだから大丈夫よ。そうね、目測で体重を図っただけだから、もしかしたら早く切れる可能性もあるわ。一晩くらいで』
「とても早い。体重によって、薬の持続効果が変わるということ?」
『えぇ、そうね。だから、クレイの場合はとても量が多くなったのだけれど』
 試したのか。試したのか、この人。なんだか少しだけ、ゲーラとメイスの抱いた感情を察した。(色々と大変だったんだろうな)ペチペチと叩く手を外して、ムニムニと頬を揉む。ベッとゲーラが潰れた顔のまま舌を出した。メイスがペシッと胸を叩いてきたから、自分の膝を叩いておいた。ちっちゃいメイスがそこに座る。普段の様子とは、全く違う。
「なんか、二人の様子が、その。可笑しいんだけど」
『様子を見る限りだと幼児返りのようね。さっきもいったけど、記憶は失くしているはずだから大丈夫よ』
「なにが?」
『あとで気まずい思いをする、なんてことはないはず』
 気まずいって、誰が? なにを? 二人が? そう尋ねる暇もなく、エリス博士が通信を切ろうとしてきた。
『じゃぁ、報告書お願いね』
「えっ、あの」
 余談も許さない勢いで通信を切られた。あ、電話。プツッと画面が暗くなって、ホーム画面に戻る。この状況に、私一人だけが取り残された。
(どうすれば)
 ポカンとしていても、小さくなった二人は待ってくれない。「ななし、ななし」とゲーラはまた私の腕を引っ張ってるし、メイスは小さく私を呼んで袖を引っ張っる。『子どもは真っ白いキャンバス』だなんて、よくいったものだ。対応に困っていると、二人の目が互いを見る。そしてお互いを視認するや否や、バチバチと火花を散らしてきた。
「あぁ、もう」
 一日? いや、本当に一日か一晩だけで終わるんだろうか? もうこの時点で、不安しかない。
(とりあえず、服を用意した方がいいかもしれない)
 エリス博士には気付かれなかったが、実質全裸だ。二人の着ていたシャツとタンクトップで、隠れていたにすぎない。歩けば長い裾で躓くし、脇や首元がガバガバだ。これじゃ、生活しているだけでも危ない。「ガオー!」ぶかぶかのシャツを頭から被ったゲーラが、お化けの真似をする。ライオンじゃないんだぞ、この。スッと天辺の布を抓む。
「もー。呑気なことして」
「えっへへ」
 そのイタズラっぽい笑い方、どこで学んだんだ。もう。反省する様子のないゲーラから、メイスを見る。もう賢い。ぶかぶかのタンクトップの丈を結んで、自分に合う長さにしていた。この影響で、肩の部分が大きく落ちる。胸が見えそう。
「もう。大丈夫だから。今買いに行くけど、お留守番できる?」
 ちょっとだけ、片側を強く結ぶ。なんか、ターザンみたい。片方の肩を曝け出した状態で、メイスが頷く。コクン、と。なんか、大人しい。いつもより口数が少ないみたいだ。(ハイテンションになる気配もない)『フッホホーイ!!』なんて声、今じゃ聞けなさそう。そんなことを考えたら「ドーンッ!!」という声と一緒に背中へ激痛がきた。
「いっ、た!?」
「へへっ! どーん、ドーン!!」
「ちょ、ちょっと。こら!」
 やめてってば! 慌てて背中から引き剥がす。正体はいわずもがな、ゲーラだ。両脇に手を入れて持ち上げているというのに、まだ笑ってる。なにが楽しいんだろうか? 代わりにメイスがギュッと、脇にしがみ付く。
「えっと、今から服とか、食器も買いに行くからね? お留守番、できる?」
「できる!」
「二人で、仲良くできる?」
 できるかな? 自信満々なゲーラの顔を覗き込むと、ゲーラがキョトンとする。ツンと唇を突き出して、後ろにいるメイスを見た。見つけた途端、シャーッと威嚇するような顔をする。痛い! ギュッとお腹に爪を立てられたような気がした。痛みを感じた方を見れば、メイスも同じように威嚇している。なにこれ。前途多難じゃん!
(助けて!!)
 この文字が脳裏に浮かんだ。どうしろと。だからといって、二人を裸にするわけにはいかない。心を鬼にしよう。そうしよう。スーッと息を吸って、吐いてから話しかけた。
「えっと、このままじゃダメだから。ね? 近くで服を買うだけ!!」
 パンッ! と手を合わせてお願いしてみても、二人に効果なし。くっ、なにが原因だというんだ!?
「その、どうして仲良くできないのかな? 教えてくれ、る?」
「ななし!!」
「やだ!」
 どうしてそこで意地を張り合うの? ギュッとゲーラが腕に爪を立てて、メイスがギュッとお腹に爪を立てる。痛い。今度は、バッとメイスが両手で私のお腹を抱えようとした。でも届かない。代わりにゲーラが、メイスより高い位置で私のお腹を抱えた。こっちも、メイス同様届かない。
「やだ! やだったらやだ!!」
「いやだ!」
「やー!!」
「いーやーだ!!」
 内臓を左右にシェイクさせたいの? ゆっさゆっさと、ゲーラとメイスに揺らされる。二人の頭を掴んで止めようとするけど、無駄。想像以上の力強さで取っ組み合いを始めている。私を使って、力の押し合いを始めないでほしい。って、よく見たら泣きそうになってるし。あー、もう。
(確か、この場合はあーしてこうして、あーだっけ?)
 元村の人から教えてもらった知識を引っ張り出して、この事態に対応した。先にメイスを対応する。こう『大人しい子の場合は我慢をしやすいから、先に構ってあげた方がいい』って聞いた。ゲーラと同じように、メイスの脇に手を入れる。たかいたかーいをしてあげてから、ちょっと離れた場所に座らせる。キョトン、とメイスが驚いた顔をしていた。ゲーラも同じようにする。こっちは、キャッキャッとはしゃいで「もっと!」と強請っていた。でも心を鬼にする。ゲーラの頬を両手で挟んで、ムニャムニャとする。それで喜んだのか、ゲーラが満足したように笑った。メイスにも同じようにする。ムニャムニャしたらギュッと目を瞑って、離したらポカンとした顔に戻った。うん、これでよし。大丈夫なはずだ。
 ソファから立ち上がり、二人に向き直る。
「とりあえず、えっと、うん。あの時計の針! あの時計の短い針がね、『2』に行くまでに帰るから。それまで、いい子にお留守番しててね?」
 こんな感じに伝えれば、大丈夫なはず。もしいつも通りだったら、ゲーラは「わぁってるよ!」だし、メイスは「いわれるまでもない」って返す。もしくは子どもみたいな顔をしてる癖に、急に冷めた大人の目付きになる。それからの舌打ちと「余計なお世話だ」「ガキじゃあるまいし」のコンボ。しかし、そのどちらもない。小さいゲーラとメイスが、パァっと顔を輝かせた。
「おう! まかせとけぇい!」
「ん」
 メイスがコクコクと頷いて、ゲーラが元気なグーを見せてくる。こりゃダメだ。完全に『幼児化』してるといえそう。食の好みも変わってそうだ。頭がクラクラする。米神を押さえながら、出かける準備をした。


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