はじめ

 歴史の教科書を捲ればすぐにわかることだけど、下等吸血鬼が身近にいる世界なんて可笑しい。原始時代は、まぁともかく。人類史が始まって文献辺りに『吸血鬼』の三文字が出た頃から、これって。ちょっと可笑しい。家族も含む皆が当たり前のように見ているせいで、もう訳がわかんない。わからなさすぎて、実家に入ってきた吸血鬼蚊を箒でボッコボコにした。居留守を狙った泥棒紛いの吸血鬼も、モップでボッコボコにした。そんな生活をしたからか、ある日夢で「貴方に五〇〇の才能を授けましょう」なんていう神様のお告げを貰って。それを笑っているうちにあれやこれやとこうなって。
「こうして世界を股にかける吸血鬼退治人になったっていったら、信じる?」
「えっ。ちょっと頭の病院に行った方がいいんじゃねぇのかな?」
「そういうのはいつまで経っても抜けきれないもんだよな。わかるぜ」
「ちゅ、中二病って思い出すと恥ずかしさで死にたくなるよな! 大丈夫だ!! きっといつかは乗り越えられるはず!」
「うん、ありがとう。逆に気遣いが心に痛すぎるよ」
 痛すぎて泣きそう。新横浜退治人組合の三馬鹿基、有名な三馬鹿、違う。ロナルドにガチめの心配をされ、ショットからは同情を貰い、サテツからは過去を思い出したのらしい羞恥心からの励ましを貰われた。お前ら、人のことをなんて思っているの? こいつらならきっと笑って流してくれるはずだと思って、口にした自分が馬鹿だった。
 頭を抱えていると、マリアがバンバンと肩を叩いてくる。
「どんまい!」
「うわぁ」
「まぁ、笑い話にしちゃぁ、ちょっと痛すぎたところだったが」
「うん。それは私もそう思う。笑い話にできたら、って」
 といいつつ、これ以上否定するのも面倒臭い。もうこのまま放置で良さそうかも。こんな馬鹿みたいな話、こうやって消費される方が気が楽だ。楽。あんな風に重鎮されるなんて、重たすぎる。クイッとノンアルコールカクテルを飲み干したら、また肩に手を置かれる。というか、腕。見ればニヤリと笑うマリアの顔が見える。おいおい、手の親指と人差し指で丸のマークを作ることは、ちょっと違う国に行ったら失礼ですよ。
「で、今回はいくらぐらい貰ったんだ?」
「奢りの話あるか!? なまえ、いつも帰ってくるときは羽振りいいね。私、いつも期待しているある!」
「ターチャン。集る気満々じゃんか。その発言」
「は? そこで一句読んでも全然面白くないね」
「悲しいな。代わりに、ここで俺が一句。あぁ、奢り。奢りっていいな。超絶いい」
「イソギンチャクがなに面白くもないクソつまんないモンを吟じてるあるね。そのまま一生口を閉じて死ぬがよろし」
「うわぁ」
 ターチャンの毒舌が私のよりもグサグサ刺さるぅ。ショットが床に伏して沈黙を保った。サテツが心配そうな顔をして様子を聞いている。答えは聞くまでもない。「死にそう」だ。シンヨコギルドと付き合いが長い分、次の一手はわかる。メニューを遠ざける。サッとターチャンがメニューをぶんどった。
「じゃぁ、ちょっと奮発して高いのを頼むね!」
「やめて、ターチャン。そう全員分奢れるほどの金じゃねーから」
「お! なまえの口から奢るって言葉が出たぞ!? おらおら、他のヤツらも頼んだ、頼んだ!!」
「じゃぁ、俺ノンアルビール!」
「ならカルピス!」
「俺クリームソーダ!!」
「な、なら俺は牛乳パンを百個ほど?」
「あー、俺はいいぜ。見てて悲しくなってくるからな」
 ロナルド。流石はシンヨコギルドから独立した事務所を持つ男! そうか、同じ税金を払う身とか色々と察してくれるのか。そうか、そうか。ところで、牛乳パン一〇〇個くらいって聞こえたのは気のせい? 気のせいじゃないな。よし。
 マスターに注文を全部キャンセルしてもらって、自分の分だけを頼んだ。マリアやターチャン辺りからの批判は強い。それでも、私は自分の財布を守り切った。


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