○○しないと出られない部屋(きながせ)

 ある日目が覚めると、知らない場所にいた。既にいたのらしい黄長瀬さんは、白いソファでふんぞり返っていた。かなり、不機嫌である。いつもの煙草を吸ってないところを見るに、煙草がないんだろう。私も起き上がり、黄長瀬さんに聞く。
「おはようございます……。ここ、どこですか?」
「知るか。俺もさっき探ったが、手持ちの道具すらない」
 お手上げだ、というように黄長瀬さんは手を見せる。その開いた手の平に、なにもない。寝惚けた頭を支え、辺りを見回す。
 白い部屋に、白い家具。けれども現在地や日時の情報がわかるテレビやパソコンなどの器具は一切ない。実に生活へ必要な一式が簡潔に揃っている、という状況だ。窓もない。
 壁沿いに歩いていると、部屋に溶け込んだ扉の一つに気付く。ホワイトボードが掛かっているのらしい。そこには、こう書いてあった。

『ゲームを一日禁止しないと出られない部屋』

 思わず黄長瀬さんを見る。黄長瀬さんは腕と足を組んだまま、ぶっきらぼうにしていた。
「あの。なんか、これに覚えはありませんか?」
「さぁな、知らん」
「そうですか。それにしても、ピンポイントな……。こんな状況に置かれたら、ゲームもなにもかもできないのに」
 と呟いてソファに近付く。
 それにあったクッションを掴み、地べたに座る。ギュッとクッションを抱き締めていると、黄長瀬さんの不機嫌な視線が刺さった。
「なんですか?」
「別に」
「いわないとわかりませんよ。本当、不器用なんですからー」
「ケッ」
 といいつつ、いつもの煙草がないので舌打ちが落ちる。とはいえ、このまま一日を過ごすにしても、食料や水の状況は大丈夫だろうか。周囲を見回してみるけど、囚人のように食べ物が降りてくるような仕組みはない。
「お腹が空いてきた……」
 自覚すると、途端にお腹が空いてきた。
「我慢しろ。手持ちには一日分の食料しかないんだ。水もそれだけしかない。節約をすべきだ」
「へー。って、あるんだ」
「あぁ。隅の段ボールにあった」
「へぇー」
 って流すが、聞くと中々に凄い。
 黄長瀬さんの話を聞いて、指の示した方に行く。段ボールも白くて部屋に溶け込んだから、パッと見て気付かなかった。確かに、段ボールがある。そして既に封を開いた跡があり、恐らく黄長瀬さんが確認したのだろう。
 レーションとかそういった不味い携帯食料と水しかなかった。
「レトルト食品がよかったな……」
「どこでお湯を作るつもりだ? ここにポットなんてもんはないぞ」
「皮肉をどうもありがとーございますー。もう、なんでゲームを禁止された挙句、こんななにもない部屋に閉じ込められなきゃいけないんだろう」
「日頃の行いが悪いせいじゃないのか?」
「そんなはずない。清く正しく健康に暮らしてたはずだもん」
「恋人を差し置いてゲームに集中していた癖にか?」
 その一言に、うっとなる。皮肉に皮肉で返したが、その盲点を突かれると痛い。
 クッションに戻り、抱え込む。口寂しいのか、黄長瀬さんは自分で自分の唇を弄っていた。
「更新するゲームが多いんですよ。それに体力の回復も次から次へ、デイリークエストもあるし……。やることは多いんです」
「そんなのいつでもできるじゃねぇか」
「また一週間待ちとかですか? それに限定イベントでもレベルが足りないと、そこでの限定アイテムが」
「たまに帰ってきた恋人に、手料理でも奮ってほしいもんだな」
「亭主関白ですか? それをいうなら家事の一つでも手伝ってほしいですね。いつもトレーニングばっかり」
「研究だってしている」
「私は家政婦さんじゃありません」
「お前しかいない」
「恋人として? でも家政婦さんじゃないですよ」
 そういうと、黄長瀬さんはさらにムッとした。けれどもここで引き下がる私ではない。日頃の鬱憤も、たっぷりとあるのだ。
「あなたのメニュー、いつも叶えるのにすっごく苦労しているんですからね」
「金なら払ってるじゃねぇか」
「金銭の問題? それならプロのを雇って作ってもらえばいいのに」
「そんな金はない。それに、お前の手料理がいいんだ」
「なら、レトルト食品でもいい?」
「断る」
「お湯を沸かすにも愛情が入ってるんだよ?」
「ただ湯を沸かしただけじゃねぇか」
「なら、失敗した料理にもケチを付けず食べてくれる?」
「あ?」
「前、焦げちゃったとき、散々『苦い』『不味い』とかいって完食してたじゃん」
 口調を崩して対等な立場に立っていると主張してあぁだこうだといえば、黄長瀬さんは黙る。口を噤んだ。紬だけに。
「ごめん、言い過ぎました」
「いや……」
「でも、私が手料理がいいというのなら、上達するまでに苦い料理でも食べてくれる、ってことですよね?」
「いや……。それなら、料理教室とかに通えば……」
「は? ではその間に他の人に手料理を振舞ってもいいと?」
「いや」
「でしょ? 絶対あとでヤキモチを焼いて、不機嫌になるじゃないですか、あなた」
 だから八方ふさがりなんですよ、というと、黄長瀬さんは少しムッとした。というか、ムッとしてばっかだな、この人。
「っていうか」
「あ?」
「あなた、いつも私といると不機嫌じゃないですか。なに? 恋人というのにふくれっ面って。どういう了見ですか?」
「は? 俺がいつ、そんな素振りを見せた」
「今。それにきても煙草を吸ってばかりで。天井にヤニが染みついてしまいます」
「禁煙しろと?」
「いえ。でもどうして恋人の家に帰ってまで、そんな不機嫌そうにするんだろうって」
 思って、と言葉を飲み込む。黄長瀬さんがさっきとは違うムッとした表情をしていたからだ。これは、家にいてキッチンに立っていると、よく見かけた顔だ。
「なんですか」
「いや、鈍いのも考え物だな、と」
 それとも俺が悪いのか? と聞き返す黄長瀬さんに、どういえばいいのか迷った。


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