心眼通得た先輩を模索

 纏流子に敗れて、先輩は後悔した。「己の傲慢により」はひどく納得する。なぜなら、散々私が口を酸っぱくしていってたからだ。
 だから、先輩の目が封じられても別に思わなかった。目を封じられた先輩の傷痕をなぞる。いつ見ても、凄い腕前だ。
「そんなに見つめられると、穴が開いちまう」
「そうですね。見えてるんですか?」
「あぁ。心の目でだな」
 そういって先輩が私の顔に手を伸ばす。そのままふにふにと頬っぺたや口の端を触られたり抓まれたりする。本当に、見えてるんだろうか。この人。
「先輩。指、入ってる」
「あー、そうだなぁ」
「いやぁ、本当に?」
「本当だとも」
 そういって、また私の頬っぺたをムニムニと触る。本当に、わざとらしくやってないだろうな? 疑いの目をやるけど、先輩は素知らぬ顔だ。もう。
 先輩のハチマキを隠す。
「お、おい!? 今、俺のハチマキをどこへやった!?」
「へっへーん、見付けてみたらどうです?」
「お、お前! ここか!?」
「ふふっ、違いますー」
 どうやら予感的中だ。先輩は生物の動きや無機物の風を切る音などで剣筋や軌道を読むけど、さすがに無機物の隠蔽場所はわからないのらしい。
 けど、よれたシーツの感触を覚えられてたら予感は外れる。ドキドキして先輩の行動を見守る。ニヤッと先輩が口の端を上げる。あ、ヤバっ。
「ほーう。なるほど、なるほどねぇ? この辺りにあるってか?」
「い、いや。き、気のせいでは?」
「ほう? その割には、やけに心臓の鼓動が速いようだが?」
「近いからですよ! 馬鹿ッ!!」
 グイグイと体を近付ける先輩の肩を押し付ける。「馬鹿といった方が馬鹿なんだぞ」と相変わらずなことを先輩はいう。そうして私の体のラインを撫でたら、背中に隠したハチマキを取られてしまった。
 目の前で先輩がニヤッと笑う。
「ほら、あった」
「うー」
「俺を出し抜こうたぁ、百万年早いのよ!」
「平常心保ったら、そうでもない癖に」
「あ?」
「なんでもありませんー」
 自慢げに語る先輩も珍しくなってしまった。
 ポンポンと頭を撫でてから、グシグシと髪型を乱してくる。こんなこと、目を潰す前になかったことなのに。
 先輩のハチマキは少し特殊なもので、ハチマキの白目と見える部分にプラスティックに似た白い半円のものが使われてる。目を封じた先輩の瞼を覆うものだ。
 だから、先輩が手探りでハチマキを締めることもできるんだけど。
「先輩、そこ、ズレてますよ」
「あ? どこだよ」
「ここ、です」
 先輩へ身を乗り出して、少しズレたそこを直す。ツルンとした白い瞼はちゃんと水平になった。試しに、白い瞼を撫でてみる。マネキンみたいな感触がした。
 それと、先輩の喉から唾を飲むような音も聞こえた。
 先輩と距離が数センチほどしか離れてないけど、こんな色仕掛けも動じなくなってしまった。先輩、こんなことをしたら真っ先にニヤニヤと笑うのに。今じゃあ判断に迷っているようだ。それもそうだ、目を潰す前なら、ここまではやらなかったからだ。
 緑色のハチマキから極制服の星状に縫われた傷口へ指を這わす。このざらざらとした感触は、やっぱり癖になった。
「なぁ、千芳」
「はい」
「ちょっと、退いてくれや」
「あ、うん」
 極めて冷静にそう返されたので、先輩の膝から降りた。
 踵が床に着く。先輩は軽く身支度を直したあと、本能字学園へと戻った。



 先輩が運動部統括委員長として指導や業務に励む一方、私は皐月様へ提出する報告書や資料やらを纏めている。本能町の見回りみたいなものは生命戦維のネットワークでどうにかなる。
 各部活に配布する資料や報告書も作るので、自然とパソコンを触ることが多くなる。そして犬牟田先輩と一緒に仕事をすることも多くなる。
 皐月様への報告書作りのついでに、情報戦略部のハッキングの仕事を行う。二足のわらじってやつだ。プレッシャー半端ない。
「ちょっと、千芳。そっちが終わったらこっちのリストも済ませてくれ。他の部員も手一杯なんでね」
「わぁい。犬牟田先輩、相変わらず人使いがあらーい。私の都合も考えて」
「考えたくないね。ソイツの片手間でも出来るだろう? 君くらいの実力ならば」
「買いかぶりも辛いですよ、先輩」
 とはいえ、犬牟田先輩も情報戦略部室へ缶詰の上に三徹を決め込んでる。少しくらい手伝っても罰は当たらないだろう。もちろん、皐月様へ出す報告書も仕上げて自分の体調管理もバッチリと仕上げての上である。
 ガラッと情報戦略部室の扉が開く。
「おーい、犬牟田サンよぉ。ウチのボクサー部のことなんだが、あ」
「あ。猿投山先輩、お疲れ様です」
「お疲れー。そっちは鍵山が仕上げてるところだからちょっと待って。それと」
 先輩はパソコンから一切目を放さずいう。
「今日、千芳を一晩借りるけどいいよね? 俺も、手が離せないんだ」
「犬牟田先輩曰く、『いいところ』だそうで。いいですよね?」
 仕事だから別にいいだろう、と思って同居先である先輩に尋ねる。けど、猿投山先輩は黙ったままだ。
 私たちへボクサー部の資料を手渡そうとした態勢のまま、固まってる。
 カタカタとキーボードを打つ音だけが聞こえる。長い沈黙のあと、先輩は吐き捨てたようにいった。
「あっ、そう」
 とても冷たい声だった。
 そうして適当なデスクへポンと持ってきた資料を置いたあと、スタスタと情報戦略部室を後にした。



 で。皐月様へ出す報告書や資料も出し終えて、各部への資料と報告書を作り終わったあと。私は犬牟田先輩の手伝いに専念していた。
 完徹の犬牟田先輩と違って、情報戦略部員の人は交替で仮眠に入っているようだ。私も仮眠に入りたい。けどノッてきた作業に大量放出するアドレナリンとリストの山が許してくれない。
「そういえばさー、千芳」
「はいー?」
「今日の猿投山、怒ってたよね。気付いてた?」
「あ、そうだったんですか」
「気付いてなかったのかよ。笑えるね」
 小馬鹿にするような先輩の言い方にカチンと来る。いくら完徹のハイテンションとはいえ、言い方というものがあるだろうに。ハイテンションで些細なことにも笑ってしまうのは、わからなくもないが。
「どういうことです? そんなに笑えました?」
「あぁ。一緒にいるのに気付かないのかぁ、ってことがね。とても笑える」
「はぁ」
 こう、小言と洒落の報復が続いてるけど、どちらも手は止まってない。カタカタとキーボードの音が速まるだけだ。
「あっ、やべ。ここ、お前の得意なとこでしょ? 代わりにブロックしといて」
「えー。うわー、ここっすか。ここっすか、嫌だよ、こんなの。寝たい」
「伊織オススメの、眠気吹き飛ばすスーパードリンクあるけど、飲む?」
「嫌ですよ。むしろエスプレッソ飲む」
「だって。大塚ー、代わりに淹れといてー」
 はーい、とどこからか声が聞こえる。死にそうな声だな、おい。死にそうというか眠そうというか。って、ちょっと待て。
「先輩、勝手に使ってよかったんですか。人使い!」
「は? 俺の部下だし。アッチもちょっと一息入れたかったところだからちょうどいいって」
「それで寝ないといいですね。え、嘘、他の人もう終わっちゃったの!?」
「休憩だよ。極制服で強化されたとはいえ、並の人間だからね」
「では、先輩は?」
「俺? 俺は完徹マスターだからさ」
「そうですか」
 ビシッとポケモンマスターみたいに決めた先輩へ、小さくそう返すしかなかった。
 二人分のキーボードを叩く音しか、情報戦略部に聞こえない。
「そういえばさ、千芳」
「はい」
「アイツとはどうなんだよ。猿投山と」
「はぁ、ぼちぼちですが」
「ふぅん?」
 なんだ、その疑り深い目と声は。
「ま、いいけど」
「そうですか」
「それより、帰ったら注意した方がいいよ。猿投山のヤツ、多分怒り心頭だからね」
「わーお。心眼通得たから落ち着いたと思うのに?」
「いやいや、なくても同じだろ。俺もわかるし」
 と先輩はいうが、私にはわからない。
「ま、ともかく。帰ったら覚悟することだね」
 と犬牟田先輩は一切こちらを見ることなくいった。私も私で、それなりの態度を取られるということは、そこまで危機感ないものだなと捉えて適当に生返事で返したけど、けど。


 まさか、ここまで焼きもち妬かれてるとは思いもよりませんでしたよ、奥さん。


 徹夜とリストから解放されて居候先に帰ると、先輩が壁に寄りかかって待っていた。極制服のままだったんで「いつからいたんですか?」と聞くと「お前が家に着く直前」と返された。心眼通で耳までよくなったのだろうか。
 数キロメートル先の音を拾ったのかなぁ、なんて思いながら靴を脱いで「もう食べたんですか?」と夕食と朝食を尋ねた。そうしたら「まぁ、適当に」と返されて、あぁ、食べたんだなぁ。と安心した。
 そのまま鞄を持ち直して「じゃ」といって先輩の横を通り過ぎようとした。お風呂に入りたかったのだ。
 それで、普通そこで抱き締められるなんて想像できようか? しかも両手で上半身を抱え込まれて、先輩の足が一歩踏み出してるよ。
(えーっと……?)
 完全に、自由を封じられているんだろうか?
 先輩の鼻がグリグリと旋毛に押し付けられる。すぅーっと深く息を吸われる。あれれー? 心眼通を得たばかりだから、セクハラも増えたのかな?
 なんて疑問に思ったら、先輩がぽつりと呟いた。
「千芳」
 そう物寂しそうに名前を呼ぶから、「なんですか」と返した。そうしたら先輩は「なんでもない」と返したので、私は先輩の答えがわからないままだ。


 心眼通を得た先輩は、ある意味心の内が読めなくなった、といっても過言ではなくなった。
「先輩」と呼んでも、前みたいに「なんだ?」と笑みを浮かべて振り返ることもなければ、「んだよ」と素振りの邪魔をされつつも律儀にこちらへ振り返ることもない。
 先輩は、『心眼通』を得たから、目で視えずとも『心の目』で視える、といった。でも、私にはそんなものはない。先輩の表情で先輩の心の内を図るのでいっぱいだ。
 腕の力が弱まった隙に、後ろから拘束する先輩の手に自分の手を添える。
 ガッシリと心臓に耳が当たらないように頭を固定されてるから、先輩の鼓動を聞くこともできない。
(あぁ)
 先輩はとても意地悪になったなぁ、と思った。


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