就業中のチョコレート作り(卒暁後)

 一月があっという間に終わり、二月に入る。(バレンタインデーの行事は)特にないか。こんにゃく屋である以上、メインは副菜か主食。もし製菓にまで手を伸ばすとなれば、プロの手や知識が必要になるだろう。(だとすれば乃音先輩、いや。流石にそこまで世話になるのは不味いか)もう本能町も本能字学園も海の底にある今、彼らの人生の邪魔をするわけにはいかない。その伝手を借りず、自力で発掘するべきだろう。と、ここまで考えて火急を要する問題ではないということに気付く。(猿投山こんにゃく本舗にいたときも、そういった話は出てなかったからなぁ)本店とで、バレンタインデーをそう重要な商機と見ていないんだろう。ならば予め製品を。赤はどう返す? 客層的に、どれくらいの人がついでで買ってくれそうか? そもそも、と考えていたら、先輩がとんでもないことを始めていた。
 隣でチョコレートを湯煎で溶かしていると思ったら、一旦止める。茹で上がった丸いこんにゃくを湯切りし、長い竹串に刺した。一本につき、一つ。茹で上がった丸いこんにゃくを溶かしたチョコレートに浸けて、食べ始めた。こんにゃくとチョコレートの組み合わせに、眩暈がする。
「うん。いけないこともないな。千芳も食ってみるか?」
「いや、ほんの一口だけなら。流石に、一個丸ごとは、ちょっと」
「んだよ。いけ好かねぇなぁ。んじゃ、一口」
「えー、食べ差し? 串カツのように二度漬けは?」
「一旦禁止だな。となると、チョコレートで固めた方が早いのか?」
「こんにゃくとゼリーは違いますからね? う、うん」
 ──こんにゃくは主食か副菜に使う材料で、決してお菓子に使われるものではない──との先入観を外したとはいえ、中々にキツイ。(これを食べれる、先輩っていったい)これぞ『こんにゃく馬鹿』といえる由縁か。ゴクン、と無理に飲み込む。これ以上、こんにゃくのチョコレートフォンデュは食べられそうになかった。
「どうだ?」
「発明は失敗を積み重ねて成功に至ると聞きますが、これはやめましょうね」
「はぁ? もう少し改良を加えりゃぁ、いけるだろ?」
「世の中先輩みたいに、誰も彼しも、こんにゃく馬鹿じゃありません。せめて、プロに意見を聞いてみてからで、ね?」
「その『プロ』ってのは?」
「考えを纏めて話し合って企画書を作ってから、お菓子作りのプロに相談の話を持ち掛ける」
「で?」
「そこから商談。その辺りは企画会議が必要になりますが、どうします?」
「うっ、パパっと決めれねぇのかよ」
「その辺はどうも。こんにゃくを買う層もあるし、ほぼ新規開拓にもなるから」
「別に、新しく開発しなくてもいいだろ」
「猿投山こんにゃく本舗に新たな客層が生まれて、会社に利益が生まれるかもしれないのに?」
「ぐっ」
「先輩がやる気なら、時間を設けますけど。どうします?」
 せめてチョコレートとこんにゃくは別々に分けて考えたい。サッと先輩の手元から、湯煎したチョコレートのボウルを抱き寄せる。指で掬って舐めれば、市販のチョコレートを溶かしたものだ。ミルクやブラックなど、様々な味が混合している。(チョコレート作りも初めてだったのかな)思えば、先輩は貰う側である。作る方が珍しいか。
「か、考えておく」
「そうですか」
 できれば、そのまま保留にしてほしい。企画会議は、結構時間を取られるのだ。調べものをするにしても。と思いながら、湯煎したチョコレートを食べる。なんかこれ、固めた方が早そう。先輩も、茹でた丸いこんにゃくを食べ始めた。
「それ、そのまま食べていくつもりか?」
「固めるのが早いですけど、型がないですからね」
「っつーと?」
「検索した方が早い」
 スマホを取り出して、検索窓を押す。『チョコレート』『湯煎』『レシピ』と、それぞれ一文字のスペースを入れて検索。するとチョコレートを出すメーカーのページが出て、さらにトップに移動した。(あっ)日本国民全員の身近にあるものだから、ページの造りもわかりやすい。塩とチョコレートだけで作れそうなものをタップし、ページを開いた。予想通り、材料も器具も、今あるもので作れる。
「これとか、どう? 牛乳を温めて、これに混ぜてバットにラップを敷いて流すだけ」
「ふぅん。いいんじゃねぇの? 書いてある材料は揃ってないけどな」
「それは買ってきた本人が買い出しに行くものですよ。私は再利用するんですから」
「俺かよ」
「当然。バット選びも、先輩だと適当に選びそうだし」
 とそこまでいったら、先輩が「ぐっ」と黙る。自覚があるのか。それ以上いってこない。レシピに『粗塩』とあるが、あるものでいいだろう。冷蔵庫で冷やす時間を考えれば、充分終業後に食べられる。
「さ、レシピを書きますから買ってきてください。とりあえず、純正ココアはあったらで」
「はぁ? 普通のココアじゃ、駄目なのかよ」
「最初から味が付いているので。使えませんね。甘いのがご要望であれば」
「なかったら?」
「ない状態で食べるとしか、ですね」
「厳密に買い揃えた方が?」
「牛乳は絶対にほしいですね。五〇〇ミリリットルや一七〇ミリリットルでも充分」
「わかったぜ」
 んじゃ、それだけ買ってくる。といって先輩が出掛ける準備をする。まさか、就業中にチョコレート作りをする破目になるとは。ペロリと温くなるチョコレートを舐める。水は入っていない。油分の分離も起こしていない。一旦ボウルを出し、中の水を変えた。面倒だから、鍋でお湯を沸かした。ここにヤカンという便利な調理器具はない。
「んじゃ、行ってくるぜ」
「交通事故とかに気を付けて」
「んな油断はしねぇよ」
「だといいんですが」
 そんな風に軽口でやり合って、出掛ける先輩を見送った。バイクのエンジンが掛かって、走る音が聞こえる。それに少し寂しく感じたけど、仕事に戻った。明日の朝に出すこんにゃくの量を作らなければならないからだ。
 お湯が沸騰するまで待って、こんにゃく芋を分別している間に気付く。(あっ、ボウルが入るくらいの手鍋がよかったかも)それか先輩の背の高さを活かして、ボウルを沸騰した鍋の口に入れるか。ちょうど鍋とボウルの直径が同じくらいなのだ。なければ、それでいける。
 ガサゴソと調理器具を片付けたところを探す。先輩が帰ってくるまで、代わりのものはないかと探した。結果は、いうまでもなく。ちょっと塩辛い生チョコが出来上がっただけだ。先輩がもう一口食べて、感想をいう。
「うん、中々だな」
「本当に?」
 ちょっと先輩の舌を疑った。


<< top >>
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -