汗臭い(在学中)

 夜中に小腹が空いたとき、マシュマロの一粒というものは罪悪感が少ない。封を開いて、一粒食べる。現状、ここのが一番安くて美味しい。ダブルの意味で罪悪感が少ない。
「んなの食べてると、太っちまうぞ?」
「ほぼ砂糖を食べているようなものですから、問題ないですよ」
 同じく深夜過ぎに帰ってきた先輩がいう。本能字学園生徒会四天王というものは、それぞれが独自に動く。よって、帰ってくる時間帯もバラバラだった。乃音先輩は規則正しく決まった時間に寝るし、犬牟田先輩は滅多なことがない限り情報戦略部室から出てこない。大抵、自室よりそこに寝袋を置いて寝ている。この前見た。蟇郡先輩も、規則正しく早朝に起きて、決まった時間に寝る。遅くまで起きるのも徹夜するのも、なにかしらがあったときだけだ。そのイベントごとは、多岐に渡るので省略する。なのに先輩がこの時間帯に帰ってくる、ということはだ。北関東の舎弟に訓練を付けた後に自分も鍛錬して帰ってきたに違いない。汗の匂いでバレるというのに、気にしないのか。
「汗臭さが移るのでやめてください」
「んだよ。減るもんじゃあるまいし」
「私の時間が減るんですよ。服の消臭とか」
「そこまで臭くはねぇだろ」
「体臭って、人によってはキツく感じるんですよ」
 色々とパターンはあるだろうけど。手を休まずに言い放ったら、先輩が黙った。ムッとしているのは相変わらずだが、その程度が違う。長い沈黙で、どちらかというと『不安』寄りだった。先の呆れた感情とは違う。
「んなに臭うのかよ。俺の体臭」
 そこまで酷くはねぇだろ、といいながら自分の服を嗅ぎ始めた。そうですね、先輩自身は気付かないと思いますよ。「人にも依りますよ」「俺は、お前に聞いているんだが?」「皐月様の目の前で、その汗だくのまま出れるんですか?」「ぐっ! それとこれとは別だろ!? 皐月様がいらっしゃった場合は、すぐに膝を着く」「ならいいんですが」「俺が聞いているのは」遠回しに注意したというのに、先輩はまだ離れない。後ろから抱き着いてきた状態で、グッと顔を近付けてきた。
「お前が、気にしてるかどうかってことだ!」
「うるさいなぁ、もう。耳元で叫ばないでくださいよ」
 そんなこと、といいながら伝える。さっきから、ずっと遠回しにいっているというのに。
「私は気付かなくても、他の人がそうとは限らないでしょう? 乃音先輩だって、運動後の先輩を汗臭いといいますし」
「あ? はっ?」
 あ、同じ母音なのに、なんか変わったような。不機嫌な顔から一転して、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をする。黒目が点のように小さくなった。
「そういうのがあるんですから、少しは気を遣ってくださいよ。あ、極制服って消臭剤とか聞きましたっけ?」
「知らねぇよ。伊織に聞け」
「じゃぁ、極制服用の消臭剤でも一緒に開発しますかね。一つ星や二つ星に売れば、金にもなりそうですし」
「抜かりねぇなぁ。んなに金にがめつい女とは、思いもしなかったぜ」
「なにを。無星のスラム街の根性とたくましさを参考にしたまでですよ」
「はぁ? んなの、どこが。まっ、確かにゴキブリの如く死なないたくましさってのは、目の見張るものがあるけどよ」
「その虫の名前を口に出さないでください。嫌いなんですよ。それ」
「んなキツくいうことはねぇだろ。へいへい、わぁるかったよ」
「気持ちが籠ってませんね」
「冷てぇことをいうなよ。千芳。せっかく俺が来てやってるんだぜ?」
「頼んでないし、先輩が勝手に来たことでは? なんでもかんでも、人のせいにしないでください」
 正面向いて断れば、キョトンとした顔をされる。まったく、この男は。寄りかかる先輩の肩を、グッと後ろへ押した。拳の甲で押し返しても、動こうとしない。
「極制服での勝負、しますか? 無理矢理にでも引き剥がしますよ」
「そんなに、俺にくっ付かれるのが嫌なのかよ」
「時と場合を考えてくださいまして? 第一、汗が移るんですからやめてください」
 そんなに、しょんぼりと傷付いた顔をされても困る。今の優先は先輩じゃい。猿投山先輩ではなく、皐月様の悲願達成が全てなのだ。
「とりあえず、シャワー室はあるんですから。さっさと浴びてください。それと伊織先輩から極制服の洗い方も聞いたので、脱衣籠に入れておくように。私のコートも一緒に洗っておきますから」
「おいおい。極制服は一式揃ってなきゃ本来の力を発揮できねぇだろ。急な不意打ちに大丈夫か? 対応できるのかよ。それに、俺の着るものがねぇ」
「しばらくタオル一枚で過ごしてみては? 風邪を引かないようにするのも、修行の一環ですよ」
「こ、このアマッ! んなにいうようだったら、全身という全身に俺の体臭を擦りつけてやろうか!?」
「言い方が雑ですねぇ。だから、極制服での勝負をしますか、といっているじゃないですか。ハンデですよ、ハンデ」
「こ、このクソアマ!!」
「お下品な方。品性がない方は、これだからもう」
「あ? だったら言い直してやるよ。なんだ、その、えー」
「出てこないなら、いいですよ。でも、言葉遣いは直してもらった方が嬉しいですね」
「はぁ? そんなの、どこに」
「倒れたチンケな方々を思い出しますので」
 三流ですよ、三流。と吐き捨てたら先輩が黙った。(言い過ぎたかな?)いや、でもここまでハッキリといわないとわからないようだし、仕方ない。止まった手を動かす。先輩は今の口論の最中に離れてくれた。ムニムニと閉じた口を動かして、プルプルと拳を震わせている。
「あと、負け犬の遠吠えと弱い犬ほどよく鳴く。もう少し語彙を増やすのもいいのでは? 図書館で勉強をしてみてはどうでしょうか?」
「んなっ、だと!? テメェ!! 覚えてやがれ!」
「はいはい、覚えておきますよ」
(負け犬の遠吠え、吠える)
 とりあえず、さっさとシャワーを浴びるように促す。「早く入ってください」「本当、覚えてろよ!」心なしか、先輩の目尻に涙が溜まっている。
 結局、私の極制服のコートと一緒に先輩の汗を吸った極制服も洗ったわけだが。「ブランケット一枚とは、良い御身分だぜ」「タオル一枚で過ごしたいですか?」極制服が乾くまで、全裸にタオルとブランケット一枚で過ごしてもらい。時は経って心眼通が開眼した頃に出た豊富な語彙を見て、(本当に勉強したんだな)と心なしか驚いてしまったのは、秘密である。四字熟語辞典とか国語の辞典を開いて勉強したのだろうか。
 ジッと見る私に気付いて、先輩が不敵に笑う。
「なんだ。見直したか?」
「馬鹿いわないでください」
 目を潰して視界を閉ざして鉢巻になったと謂えども、そういうところは変わらずだった。


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