雪の降る関東(卒暁後)

 関東でさらに雪が降った。例年より雪は多く、地球温暖化の弊害も強いようだ。「今日は早くに店を閉めるかね。配達を中心にやろうぜ」「猿投山こんにゃく本舗のこんにゃく配送も、あぁ。それだとガソリンの元が」「んなのは後だ、後。とりあえず場所を知ってるとこに声かけて」「あー、それだと対応が追い付かないので『元気か』との声かけの後に『猿投山こんにゃく本舗をよろしく』とのことで仕事戻ってください。対応が追い付かない」「んだよ」「渦が楽と思っても、そう楽じゃない」ギロリと文月が陰湿に睨み付けることで収まった。猿投山としては、常連たちの無事も確かめたいし、こんにゃくも届けたい。文月としては、ガソリンやら機材やらの費用を回収できる仕組みを構築してからにしたい。利害の一致が噛み合わず、文月の一睨みで猿投山が折れることで解決する。一旦場は収まった。猿投山は袋田スーパーへ今日の分のこんにゃくを届け、文月は店番をする。いつもの作務衣にダウンコートを着込み、長靴を履いて雪掻きをする。店の前が歩きやすいだけで、随分と客の入りは違う。「あ! 千芳ちゃんだー!!」「おっ、朝から精が出てるねぇ。お疲れっ!」「あ、マコちゃんに流子ちゃん。今日は滑りやすいから気を付け、あーあ」文月が声を掛ける間もなく、満艦飾が綺麗に滑った。ツルンと爪先が凍る路面を滑り、正面から倒れかける。「あーっ!!」と流子が叫ぶ間もなく、レトロなコメディタッチ調に満艦飾は地面とキスをした。赤い鼻のまま流子に振り返る。「流子ちゃん! これ、かき氷の氷にも使えそうだよね!!」「食うんじゃねぇぞぉ。マコ。というか、霜焼けで鼻が赤くなってるって。ちゃんと温めないと」「うん! 母ちゃんも風邪を引かないようにねっていってたし。父ちゃんは闇医者改行しちゃうし!!」「うん、うん。とりあえず足元には気を付けよーな。じゃ、千芳も気を付けろよ!」「うん。流子ちゃんたちも」そういって、文月は立ち去る満艦飾と流子を見送る。どうやら二人は休みらしい。満艦飾の首元にあったマフラーを思い出し、文月は自分の襟元を引き寄せる。コートは着ても、マフラーの存在を忘れていた。
 雪掻きを続けていると、猿投山がゆらゆらと帰ってきた。荷台の荷物はなく、バイクのバランスも危なっかしい。店が見えると、猿投山はバイクから降りた。歩道寄りに歩いて、文月が雪を除けた場所から入る。
「今日はやべぇぞ。全然走れねぇ! こりゃ、配送だなんて無理だな」
「だからいったのに。そもそもスノータイヤがなければ満足に走れないって」
「すのー、なんだって? 雪で作ったタイヤっていうのかよ?」
「雪国向けに開発した。北海道で使う、といった方がわかりやすいでしょう?」
「あぁ」
 一秒の間を置いて、猿投山が頷く。どうやら理解をしたようだ。雪が降ることが滅多にない地域において、スノータイヤは無用の長物以外にならない。
「配送は無理として。どうします? 今日。鍋の材料を買いにくるお客さんは入りそうだし」
「だからって、夜遅くまでに来るのはねぇだろ。そこまでなったら、鍋作る手間も惜しむ。晩飯の時間になったら閉めようぜ」
「こんな天気じゃ、お客さんが来るのもわからないし。早めに閉めますかね」
「だな。昼間出す分はある分で充分だろ。明日の仕込みでもしておくか」
「じゃぁ、私は細々としたものを色々と。事務も進めるうちには進めたいし」
「細々ってぇ?」
「渦がやろうとしていた配送業の費用対策とか、その他諸々。店を潰されちゃ堪りませんから」
 チクリと刺す釘に、猿投山はムッとする。「店なんか潰すつもりも毛頭もない」と反論したいところだが、なにせ経理の面には疎すぎる。金が将来的にこのように掛かり負債がこのくらい大きくなると説明されても、ピンとこない。この辺りは文月任せだ。餅は餅屋に任せる。猿投山は飲み込むしかない。
「りょーかい」
「店自体、今日は少ないですし、接客にそれほど」
 文月が話す間にも、白い息は息をする度に出てくる。ふと、文月の顔がいつもより赤いことに気付いた。寒さのせいだろう。下がる体温を補おうとして、心臓がポンプを押して運動に応じて身体を温める。雪掻きによる顔の赤さを見た猿投山は、バイクを一旦止めた。サイドスタンドを出し、両手を自由にする。話し続ける文月の頬へ手を伸ばした。
「検証は今日中に終わらなくても、他は、って。つめたっ! いきなりなに、もう」
「思ったより冷てぇなぁ」
「当たり前です。首に手を突っ込んだら、キレるからね?」
「へいへい」
 ペタッペタッと手の甲と手の平を文月の赤い頬に当てる。それに呆れつつも、当人は猿投山へ面と向かって強くはいえない。ちょうど、流子と満艦飾のやり取りに羨ましさを持っていた頃だったからだ。
 はぁ、と猿投山が息を吐く。文月の頬で熱を取りながら、顔を触られて目を伏せる様子をボーッと眺めた。筋肉であっても、体熱で全てを補えるわけではない。「暖房、かかってるのか?」「中はね。厨房は、水の冷たさが冷たいけど」「凍ってるもんなぁ」雪の少ない関東では、凍結対策をしているところすらない。あったとしても、片手か両手で数えられるくらいだ。
 しんしんと雪が降る。停めたバイクに雪が積もり始めた。


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