大晦日から新年となる夜の話(卒暁後)

 除夜の鐘が鳴る。テレビの中で新年になったとの報せが入った。部屋は温かく、テーブルに蜜柑や焼いた餅が置いてある。待ちきれず焼いて食べたものだ。蕎麦の茹で汁も残り少ない。あとは鍋と皿と湯呑みを洗って寝るだけになる。「先輩、どうしましょうか?」文月が猿投山に聞く。今から除夜詣に行くか元旦詣に行くかのどちらかだろう。それか寝るか。「そうだなぁ」少し頭を働かせ、聞く。「雑煮かぜんざい、食べに行くのもいいかもしれないな」「へぇ」文月は皿に残る餅へ手を伸ばし、食べる。餡子と一緒に餅を食べるのも一興だ。風情を感じる。それに厄除けにちょうどいい縁起物のように感じる。「行ってみるか?」猿投山がチラリと文月を見る。「行ってみましょうか」文月も猿投山の案に乗る。両者とも風呂を済ませてサッパリしたものの、雑煮かぜんざいの食欲には勝てない。いそいそと部屋に戻り、出掛ける準備を始めた。
「そういえば。皐月様って、今頃どうしてるんでしょうかねぇ」
 マフラーをぐるぐるに巻き、耳当ての付いたニット帽を被る文月がいう。関東と謂えども、雪は降る。コンクリートを白く埋める雪を、ジャリジャリ踏む。それは猿投山も同じだ。
「多分、纏の奴らと一緒に過ごしてるんじゃねぇの? 蛇崩からの連絡もないし」
「あっ、皐月様から新年の挨拶が来た。こ、と、し、も、宜しくお願いします、っと」
「おっ。俺もだ。アイツらからも来てるぜ」
「あぁ、乃音先輩と蟇郡先輩と犬牟田先輩と、あっ。伊織先輩からもだ。懐かしいなぁ」
「伊織と連絡取ることが少ないんだったか? アイツ、変なの作ってんな」
「服、ですかね。これ」
「装甲だろ。マジで布で出来てんのか? いや、それをいったら生命戦維もか」
「生命戦維は別物ですよ。あぁ、犬牟田先輩から動画が」
「ドローンだな」
「ですね。操作性が自棄に良い。練習したのかな」
「じゃねぇの? 暇なのかねぇ」
「さぁ。自動操縦のプログラミングを打ち込むためにまずは自分から、の線もありそうですし。あぁ、本能字学園が懐かしくなってきた」
「もう海の底だぜ」
「知ってます」
 寒い、と呟いて文月は片手で携帯端末を持つ。はぁ、と空いた手に息を吹きかけた。寒さで悴んだ手が、指先から冷たくなっていく。それを見た猿投山は「ん」と手を差し出した。それに文月は乗る。ギュッと手を握られ、そろそろと猿投山のポケットの中に入れられた。ファストファッション系だろうと、暖かいものは暖かい。握られた手だけが、じんわりと熱を戻していく。
「手袋をすりゃいいのに」
「それだと操作がしにくいでしょ。ただでさえ、タッチパネルなのに」
「なんか、あるだろ。それでもできるやつ」
「デザイン性が気に食わないんですよ。それに、素手でも耐えれるかなって」
「耐えれたか?」
「流石に出し続けるのは無理」
 はぁ、と文月が息を吐く。マフラーやニット帽、コートに下に着込んでも、寒いものは寒い。それはマフラーとダウンの猿投山かて同じだった。鼻から漏れた息が、白く息づく。体内の熱で蒸気が小さな水滴となって消える。微細な氷となって空気中を浮遊した。肌や布に付着して溶ける。
「今年も一年、いい年になるといいなぁ」
「ですね。先にお雑煮かぜんざいですけど」
「まだそれを引っ張るのかよ?」
「当然です。こんな寒いのに出かけたのも、それが目当てなんですから」
 他にももっとあるけど、と文月はボソリという。「なにがだよ?」猿投山は拾い、不躾に尋ねた。釣り上がる片眉を見ず、文月はいう。
「なんでもです。新年になったばかりの冬の夜の冷たい空気を味わうのも、乙なものかと思いまして」
「ふぅん」
「なんか、シャンと背筋を伸ばす気持ちになりますし。風情がないですねぇ」
「あ? なにがだよ」
「心眼通の頃だと、武士道みたいに『わかるぞ。冬の冷たさが肌身を刺して、俺にもっと精進せよと伝えている』とかいう癖に」
「んな昔のことをいわれてもなぁ。今とあの頃じゃ、捉え方が一々違うんだよ」
「へぇ?」
「皐月様の悲願達成のために、ひたすら強くなることを目標ともしていたからな」
「それはそう」
「平和となった今じゃ、寒いとか冷たいくらいにしか思わねぇよ。あと寒風摩擦な」
「近頃はやらないですね」
「やる場所がないだろ。それに、寒さで鍛えるなら雪山の登山が一番だしな」
「登山経験者の上級者でないと、雪山は危険といいますよ。慣れても死ぬといいますし」
「それが修行の要だ」
「もう生命戦維でどうこうできる話じゃなくなったから、無理はやめてほしいんですがね」
「だから最近は、無茶な修行の内容なんてやってねぇんだよ。竹刀も、随分と握ってねぇなぁ」
「それは、それだけ世の中が平和ということで」
「これをいったら、お前も同じか」
 そうポツリと呟き、手の中にあるものを握り締める。竹刀に染み込んだ汗の匂いもなく、硝煙の匂いもない。あるのは日々のこんにゃく製造で荒れた手だけだ。ハンドクリームやワセリンを塗っても、追い付けないときもある。「手、カサカサですね」「お前のは柔らかいよな」「ちゃんと塗ってるから」とやり取りを続ける。雪は降るが、雪国ほど高く積もらない。靴のソールを軽く濡らして、足跡を残すだけだ。
「お雑煮、あるといいですね。それかぜんざい」
「あー、小豆から取ったヤツ」
「それ、やると滅茶苦茶大変なんですよ。知ってます?」
「知ってらぁ。だからこそ美味いんだろ?」
「そうそう、そうです」
 以前ほど口論を起こさない。それも生命戦維との戦いが終わり、平和な世の中となったためか。地球の裏側で起こる紛争など頭から抜け、寺へ続く道を歩く。
「今年の抱負、なににします?」
「あー、どうすっかね。商売繁盛、をするにしてもな」
「世界平和とか」
「お前はもう少し、自分のために考えろよな」
 それだと疲れちまうぞ。と猿投山はポツリと呟いて文月の手を握った。


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