二度目の告白(大学在中)

 ようやく文月が猿投山の替えの服を自室に置いた。北関東から南関東までバイクでわざわざ渡る身、替えの服が用意してあることは有難い。用意されたのは、灰色のスウェット上下一式。無地で開封した状態のままだ。着た形跡はない。「こういうのか」猿投山は眉をほんの少しだけ釣り上げる。あまりお気に召さないようだ。「サイズは大体で決めましたから」淡々と文月は告げる。猿投山は納得し「散々俺の身体を見てるから、比較はできるって話か」と口にした。一瞬、文月がポカンとする。その意味がわかり始めると、猿投山の背中を大きく叩いた。カツカツと大股で横を通り過ぎ、クルッと回って平手を打つ。背中にできた紅葉に「いって!」と猿投山は叫んだ。文月は涙目である。真っ赤にした顔を猿投山から背けている。図星のようだ。実際に脳内で比較してサイズを選んだことは、どうにも認めたくないらしい。「んなに恥ずかしがることはねぇだろ?」心眼通で獲得した能力を以て、猿投山は文月の心情を推測する。「そうじゃなくて!」上昇した動悸の速度に突っ込まれるよりも先に、文月は振り向いた。真っ赤な顔が猿投山の視界に入る。真正面から、文月が睨んだ。
「とっとと、入ってください! そのままで布団に潜り込んだら、許しませんからね!?」
 シーツの洗濯の煩雑さを優先したのか。猿投山に強くいう。それに猿投山は「お、おう」と怖気づいたような声を上げた。──実際は、睨まれたことによる恐怖ではない──文月が羞恥で攻撃的になった反応による、脳の分離感情への混乱だ。この攻撃性に過去を思い出し、この反応で現在の状況をしみじみと実感する。──過去、文月に対して自分は特に面白い感情を抱かなかった。寧ろ鬼龍院皐月が秘密裏に確保して遅れて出てきた人物に対し「つまらねぇ」とさえ感じた。自分が本能字学園においても最強のはずである。鬼龍院皐月に一本取る前に、コイツに負けるはずなどない。そのはずなのに──悔恨、苦々しい思いと打倒を掲げた癖に、今ではすっかり骨抜きになっている。それにもそれで、理由はあるのだが。
 ちゃぽん、と張った湯に浸かる。
(やばいくらいに、可愛かったな)
 鼻の下まで湯に浸かる。ぶくぶくと湯面から泡が出た。そう、過去に不愉快に感じた行動が、今では胸を擽られている。こうなった理由も簡単だ。そういう反応を出すに至る理由も知ったからである。隠されたベールを取れば、あとは造作もない。文月も自分と変わらない、ただの一個人の人間だ。自分と違うように感じたから、面白くもなんともない。
 文月は血も涙もない、機械のような人間ではない──。
 人を好きになるには様々な要因やキッカケがあるという。だが、猿投山の場合はそうだった。これがキッカケとなり、文月への印象を改めたのである。
 ブクブクと湯面から泡を出す。のぼせる気配がして湯舟から出ると、洗面所に文月が入った。浴室に入るつもりはなく、歯を磨くのだろう。そのまますりガラスの向こうへ消えた。
(コイツの生活の一部に、なっているんだな)
 当たり前のように浴室に他人がいてもスルーし、自分の生活を営む。加えて、自分に対する眼差しも好意的だ。シャンプーを手に取り、頭を洗う。現状千芳の一人暮らしなので、猿投山のものはない。髪を洗いながら泡立てる瞬間にも、文月と同じ香りがムワッと広がる。(うっ、お)湯気で温まり香りが籠るのに最適な状況であるから、より近くに感じる。下半身に集まる熱を無視して、髪を洗うことを続行した。リンスをする。──以前文月に、リンスをするようにといわれたのだ。メンズ用品のシャンプー・リンス一体型とは違う──。続いてシャワーで髪を洗い流し、リンスを取った。ボディソープで身体を洗う。こちらも、文月の身体から香る匂いだ。黙って口を閉じ、隅々まで洗った。
 浴室にあったタオルで身体を拭いても、千芳が先ほどまで使っていたこともあるのか──文月の残り香が強い。浴室を出てバスマットの上で身体を拭く。使用済みのバスタオルからも、文月の残り香がした。
 新品の下着の開封はされていない。レジを通して購入したときの状態のままだ。なにもいわず袋から取り出し、新しい下着を履く。(洗濯してくれるのか?)確かに土日と滞在するつもりではあるが、それ以上を考えられない。思考する脳のキャパシティが無の座禅に支配されていた。
 欲望をシャットダウンし、下半身に集まる熱を冷まさせる。ようやく平常時に戻ると、猿投山は浴室を出た。大学で課題を出されたのか、文月はパソコンに向かっている。
 その邪魔にならいよう、真横で正座をする。文月の正面はパソコンに、猿投山の正面は文月に。上下一式のスウェットを着た猿投山は、右手の拳を床に着いて話し出した。極めて平静を努める。
「なぁ、千芳」
「はぁ、なんですか?」
 返事はそれほど乗り気ではない。意識の大半は課題に集中しているようだ。これを気にせず、猿投山はいう。
「その、一緒に暮らさないか? 俺の身が、持たねぇ」
「はぁ、その、うん!? んっ、えぇ!?」
「いや! いわずともわかる!! 学業も大事だもんな。その、大学を卒業してからの話、ってことで」
「はぁ、うん」
「大学を卒業したら、一緒に猿投山こんにゃく本舗を盛り上げてくれねぇか?」
 ギュッと猿投山が膝の上で左の拳を握り締める。右の拳は解かれ、気恥ずかしそうに自身の頬をポリポリと掻いていた。直視することが恥ずかしいのか、目を逸らしている。それは自尊心からくるものではなく、「やってしまった」という後悔によるものだった。
(千芳にもやりたいことがあるっていうのに。一方的に決め付けて、どうするんだ)
 卒暁後、行き場のない文月を強引へ実家に連れて帰ったこともある。果たして、この判断が正しいかもわからない。
 猿投山は思い悩む。一方、二度目のプロポーズをされた文月はポカンとしていた。猿投山は求婚や求愛をした覚えがなくとも、文月にはそう捉えることができた。
 ボッと、猿投山に釣られて文月の顔も赤くなる。もう大学の課題どころではなくなった。無言になる。
 時間は非情にも進む。
 項垂れた頭を掻き始める猿投山に対し、文月は切り出した。
「と、とりあえず、寝ましょうか」
「おう」
 小さく答えが返る。返事は、先延ばすこととなった。


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