見舞う道中のワンシーン(卒暁後・大学在中)

 どうやら文月が体調を崩したらしい。身に覚えがあるが、直前までは無事だったということだ。「寝たら治るかと思ってたけど」そう言葉を濁すことから、ここまで長引くとは思っていなかったらしい。「ちゃんと食べて寝ているか?」と猿投山が聞けば、黙った。沈黙のあと「ちょ、ちょっとだけ」と震える声が返った。ろくに食べもしない、寝もしない。数日も続ければ免疫力が落ちる。体調を崩すのも当たり前だ。電話越しに「今からそっちに行く」と猿投山が断言する。「え」と文月が驚き「でも、実家のは?」と聞けば「大丈夫だよ」と猿投山から返る。ガシガシと頭を掻いた。直後「わかってくれるからよ」と続ける。なるほど、双方同意ならそれでいい。ホッと胸を撫で下ろし、文月は「じゃぁ」と肯定を返事する。この同意を受け、猿投山は実家から遠方へとバイクを走らせた。県境を越え、見知った街並みを眺める。都市部に入ると、文月の自宅から近いコンビニに入った。通学する利便性を考えると、そこへ近い方がいい。文月は大学を決めてから住居を探していた。
 店員の「いらっしゃいませぇ」との声が聞こえる。そこで初めて、猿投山は買うものに気付いた。
(やっべぇ。こういうとき、なにを買うのがいいんだ?)
 正直、本能字学園において体調を崩す暇などない。各自適当に応じて体調管理をし、崩れても遂行に差し障りのない範囲で調整する。文月のように寝込むのは初めてだ。無論、猿投山もこの事態に遭遇することも初めてである。脳裏に母親が倒れたことを思い出す。過労で、父親の献身的な介護で回復した。それから母親に対する負担が軽減されてきた、ように次男坊の目には見える。(確か、あのとき親父はお粥を用意していたよな?)こんにゃくは消化に体力を使うから、病状には悪い──とは父親がいっていたような気がする。レトルトのお粥を選ぶ。ふと、文月に電話をかけた。ワンコール、ツーコール、三、四、五と鳴って六回目のコールで受信者が電話に出る。文月が怠そうに身体を起こした。
『はい』
「よう。悪いな。今、コンビニにいるんだけどよ。お粥、好きなのあるか?」
『えっ、お粥? どこの?』
「あーっと」
 猿投山が背中を反らし、レジの方を見る。見えた店員の制服を視認したあと、系列元をいった。その名前に「あー」と文月は呻く。一拍、考える間を置いて答えた。
『それじゃぁ、白粥で。ほら、梅干しがある』
「あったぜ。卵粥とかもあるけど、いいのか?」
『うん。まだそこまで食べれそうにもないから』
(こりゃ、こんにゃくの惣菜を置いとくのはやめておくか)
 材料を買い、その場で作り、文月宅にあるタッパーに詰める。そうしようと思ったが、タイミングが悪い。白粥を三つ買い、ポカリスエットと水も買う。「なにか飲みもんは?」と聞けば「ポカリ」と文月が布団の中で返す。「薬はいいのかよ?」と当たり前のことを聞けば「寝れば治る」と返ってきた。(それで今、治ってねぇんじゃねぇのか)猿投山はムッと顔を顰める。
「病院には行ったか?」
 ついでに自分のものを買う。電話から「まだ」と弱々しい声が聞こえた。
「連れてってやろうか?」
『いい。しばらく様子を見るから』
「それで重くなったらどうすんだよ。軽いうちに行った方がいいぜ?」
『うーん、もう少しで治りそうな気がするから』
 勝手に休むのも悪いし、と文月がいう。連絡も段取りも面倒臭いのか、休む気はないようである。はぁ、と猿投山が溜息を吐いた。店員がレジを行う。
「だったら、暫くお前ん家にいるぞ」
『こんにゃくは? ほら、実家のお手伝い』
「恋人放っておく方が問題だろ」
 ピッとバーコードを機械が読み込んだ。


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