朝食ハムエッグ

 昨晩無理をさせすぎたせいか、千芳は未だにグッスリ寝ている。猿投山だけが先に起きた。頬杖をつき、その寝顔を眺める。起きる気配はない。飽きずに眺め続けると、ぐぅっと音がした。猿投山の腹からである。(あー)と軽く呻く。自分が空腹である以上、千芳も空腹である確率が高い。というか、確実にそうだ。腰を振った猿投山と違い、千芳は幾度の絶頂で身体をピンと伸ばしたり震えたりした。空腹の度合いでいえば、千芳の方だろう。熟睡する千芳の米神にキスを落とす。そこから我慢できなくなって目尻。頬、唇にと唇を落とした。(あー、やべぇ)ムクリと欲が起き上がる。キスの深度が深く激しくならないうちに、猿投山は千芳から離れた。ベッドから出る。布団を千芳の肩までかけてやると、脱いだパンツを履いた。下半身だけはしっかりと着込む。上半身裸のまま、台所に立つ。ふと、火を使うことを思い出した。(油が跳ねちまうと、大変なことになるな)そう思い、千芳の使うエプロンを拝借する。男女共有で使えるデザインだ。猿投山が着ても違和感はない。上半身裸のままエプロンを身に付ける。腰の後ろで紐を結び、前をガードした。台所に立つ。
(とりあえず、目玉焼きのハムでいいか)
 トーストに乗せれば、一応は大丈夫だろう。あそこまで熟睡していると、寝起きの食が細い。テフロン加工のフライパンに油を引き、コンロの上で熱する。温まるまで、食材の用意をした。卵が二個と、ハムが二枚。自分たちの分である。食用ハサミでハムを四枚に切り、卵がズレない工夫をする。フライパンが熱すれば、ハムを置いた。きちんと四枚切りしたものを離し、円を保つ。中央の隙間を維持して卵を落とせば、きちんと真ん中に座った。しかし次の卵はそうでない。少し右にズレて、そのまま黄身が移動した。(やっべ)けれど弄れば黄身が崩れる。無言で蓋をし、蒸す間にトーストを用意した。食パンを二枚、オーブントースターに入れる。焼き上がる間にも皿の用意をした。マーガリンも出す。冷蔵庫から牛乳を出し、テーブルの上に置く。グラスも用意した。(やっぱ抱きてぇな)ムクリと欲が起き上がる。あとで聞いてみるか、と思っていると千芳が出てくる。寝起きだ。寝癖も少し付いている。ついでに猿投山の脱いだシャツを着ていた。それ一枚である。男物の裾を膝まで伸ばし、椅子に座る。(食ったあとでワンチャン、やれねぇかなぁ)そう考えながら、コンロの火を止めた。トーストも焼き上がる。皿に乗せ、焼き立てにマーガリンを塗る。乳製品の脂は溶け始めた。味付けをし、フライ返しでハムエッグを乗せる。
「甘い」
「そうかぁ? 砂糖は入ってないぜ?」
「いや、そうじゃなくて」
 拾われると思っていなかったのか、千芳の目が左右に泳ぐ。猿投山の手が止まっていることを見ると、諦めたように告げた。
「その、昨日飲んだものが、ちょっと」
「はっ」
 言葉が続かなくなる。──確かに、気にせず舌を入れたりしていたが──(こう見えて、ちゃんと気は使ってるんだぞ!?)それでもまだ、苦いとは。猿投山は苦い顔をする。「その、渦のだからどうにか飲み込めたけど」そう申し訳なさそうに告げられたことで、猿投山の溜飲が下がった。
「そりゃぁ、それと比べちまったら、なぁ?」
「だから、その。ただ呟いてただけで。ごめん」
「別に謝るこたぁねぇよ。で」
 コトンと千芳の前に朝食を出す。綺麗に真ん中で焼けた目玉焼きだ。ハムエッグで、マーガリンを塗ったトーストの上に置かれてある。
「食ったあとに一発、やっていいか?」
「まだやるの!?」
「仕方ねぇだろッ!? こう、お前を見ていると、こう。ムラムラとくるんだよ」
「一人でやれないんですか」
「やってもいいけどよ」
 はぁ、と肩を落とす。
「俺だけがシてお前だけがお預けだと、結局最初からヤった方が早ぇだろ?」
 その質問に、千芳はなにも答えられなかった。ただ顔を赤くして、猿投山を睨みつけている。「だろ?」と猿投山が同意を送った。自分の朝食をテーブルに置く。右にズレた目玉焼きだ。ハムエッグで、千芳と同様マーガリンを塗ったハムエッグの上に置いてある。
「まぁ、食う前に一発ヤらせてくれるってぇなら」
「はぁ、仕方ないですねぇ。ちょうどシャワーを浴びたかったところですし、いいですよ。一回だけですからね?」
「おう。一回だけだな?」
 そこで話の食い違いが起こる。千芳は猿投山が出した一度で『一回』とカウントし、猿投山は性行為を行った一回を『一回』と数えた。これでは互いに予想する時間が異なる。その食い違いを直さず、千芳は牛乳を一口飲む。猿投山は出来立ての朝食を一口齧り、浴室に向かった。千芳も向かう。
 四肢を投げ出して脱力した千芳が猿投山に抱えられるまで、あと一時間のことだった。


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