両目を隠す(在学中)

(やることが多い)そう心の中で愚痴を吐いても、やることは終わらない。内部の不審者の始末に、不要になった魚の処分。それと自身の不在もしくは死亡に備えての後続の育成。特に育成の方がかかるコストが大きい。(それでも、やらなければ)──いつ、自分が鬼龍院皐月のために死ぬかもわからない──。皐月と同様、文月も念には念を入れて戦に備えていた。パタンとノートパソコンを閉じる。データと報告書を纏めれば、次にやるのは明日の準備である。ふぁ、と大きく欠伸をした。(可笑しいな)ブラックの珈琲を飲む。ミルクも砂糖も入っておらず、珈琲本来が持つカフェインの成分を効率よく摂取することができる。一缶で四カップほど摂取できるものと違い、長く飲みやすい。それに制御もしやすかった。その不眠ですら、睡魔に打ち勝つことができない。(これは)文月は嫌な予感がする。効率が落ちることへ不安に思っていると、ヌッと手が現れた。文月のものより大きい。それは頭上から目の前に現れて、文月の両目を覆った。両手である。すぐに声が真上から降ってくる。
「まだ起きてるのかよ」
「わざわざ、ここまで」
「ちっと寝れなかっただけだよ」
(本当か?)
 嘘である。声色には疲れが混じっていた。恐らく、ここから北関東のススキヶ原までバイクで飛ばしたのだろう。そこから同じ道を最速で飛ばし、本能字学園に戻る。疲労を引き摺る動きが見えた。文月は両手で視界を塞がれたまま、猿投山を見上げる。くっと顎を上げれば、それに従って猿投山が動いた。未だに千芳の両目から離さない。
「そうですか」
「おう」
 適当に話を合わせば、簡単に猿投山が答える。話が途切れた。それなのに、猿投山は一向に離そうとしない。目を覆われたまま、文月は尋ねる。
「寝ないんですか?」
「おう。誰かさんが寝ないせいでな」
 簡単に頷くものの、後に反論を置いてくる。そのやり口に呆れながら、文月はいった。
「誰かさんのおかげで、すごく疲れたところです」
「ほーう?」
「眠気がきて、それどころじゃない」
「それは良かった。寝る合図だぜ」
「全然良くないんですが」
 猿投山に両目を塞がれたまま、文月は反論する。耳元で囁かれたが、身体の反応は頑なに隠す。猿投山の両手を掴むが、自ら降りようとしない。確固とした意志で、文月の両目を塞ぎ続ける。この強情さに、文月は呆れた。
「はぁ、わかりましたよ。寝ます、寝ますってば」
「よっし。言質を取ったぜ」
「はいはい」
 そこでようやく、猿投山の手が離れる。文月が閉じた目を開けると、猿投山の顔が見えた。声色と同様、疲れが少し滲み出ている。猿投山も文月の顔を直視する。くっきりと疲労が出ていた。はぁ、と溜息を吐く。
「少しは寝ろよ」
「寝るよりも進めた方が効率的なので」
「犬牟田だって寝るぞ?」
「そりゃぁ、頭を使いますからね。クールダウンってやつですよ」
「お前は?」
 閉じたパソコンを抱え、文月は立ち上がる。背中越しに聞かれたそれに、文月は振り向いて応えた。
「ちゃんと冷却してますよ。数分か十数分くらいの仮眠で」
「それ、全然寝てねぇだろ。寝ろ、ちゃんと」
「いわれるまでもなく。寝てますから」
「俺と寝るときは、あんなに熟睡してるってぇのに?」
 その指摘に、ピクリと文月が止まった。


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