クソ暑い熱帯夜のあること
蝉が活動をやめてしまうほどの酷暑だった。流石にクーラーなしでは耐え切れず、夜だけは入れることにした。――情けないことに、猿投山渦は一度熱中症で倒れたことがあったのだ。そのときは、文月千芳がいたおかげで、事なきを得たが――。
傍らで眠る千芳の頭を、猿投山は撫でる。冷えた部屋で体を火照らせたあとは、怠い。その気怠さに負けた千芳は、うとうとと眠りに就いていた。
深い眠りに落ちる千芳の頭を、撫で続ける。「ん」と呻き、身動ぎをした。
薄く閉じた口が開き、むにゃむにゃと動く。その唇から微かに漏れる音を聞き、猿投山は耳を澄ませた。
心眼通を使用しても、千芳の夢の中まではわからない。しかし、微睡んだ夢の中からほんの少しだけ、意識が今へ浮上していることは理解した。
布団に潜った千芳の手が、外に出る。頭を撫でる手に腕を伸ばし、その大きな手を触った。
「ん……。だ、れ……?」
クーラーの効いた部屋は、空気が乾いている。先ほどの行為で散々と鳴いたこともある。その掠れた声に、猿投山は答えた。
「俺だ」
「ん……。う、ず」
「そうだ、俺だ。ここにいるぞ」
「ん……」
寝言に近い頷きに、猿投山は返す。その声色は、確かに猿投山のものだ。しかし、本当にそうであるかということはわからない。
声の正体を掴むべく、千芳はペタペタと猿投山の体を触る。胸、肩、腕や顔を触られ、猿投山は少し笑った。
体を少し起き上がらせ、千芳に覆いかぶさる。千芳の耳元に猿投山の吐息がかかり、夢に落ちた千芳に届くように、何度も千芳の名前を呼んだ。「千芳、千芳。俺はここにいるぞ」わからないのならば、わかるように伝えるだけである。猿投山は、千芳の頬や唇、鼻の先などを撫でた。起きない。千芳の瞼や目元を触ると、ぴくぴくと千芳の目が動いた。
うっすらと目を開ける。
寝ぼけた視界で、猿投山の顔を確認した。
その寝ぼけ眼に自分の姿を確認した猿投山は、薄く開いた千芳の唇に、自分のものを合わせた。唇に触れた感触に、千芳は顔を綻ばせる。
「なんだ。それなら、いいや……」
そうして眠りに落ちる千芳の寝顔を、猿投山は確認する。その嬉しそうな顔をした寝顔に、猿投山は額を合わせた。
「そうか」
小さくそう呟いて、薄く閉じる千芳の唇に、自分のものをもう一度合わせる。「ん」と小さく千芳は声を漏らした。それに火がつき、何度か角度を変えて、唇を合わせた。
猿投山の手が、千芳の頭を抱え込むように抱く。唇で千芳の柔らかい唇を味わい、唾液を塗した舌で舐めて、千芳の唇にマーキングを施した。
噛みつくようにキスをする。舌を千芳の口の中へ挿し込もうとしたが、いつものように白い歯の壁が開かない。うにうにと歯の先で、猿投山の舌を味わうだけだ。
完全に、寝ぼけている。
一人だけ発情した事実に、猿投山は苦笑する。
「寝るか」
そう呟いて、キンキンに冷えた部屋で千芳を抱え込んで、寝に入った。