「あっ」(卒暁後)

 最近、体力の衰えを感じる。年齢のせいもあるとか? いや、そんな馬鹿な。学園にいた頃ならこなせたハードな仕事量も、今では息切れをしてしまう。夏の急な暑さでも体を壊すし、冬だと布団から出られにくい。もし無理をされてしまったときは、腰とか気怠さのせいで半日起き上がれない。なのに、先輩はその点がない。夏の急激な暑さにも動じないし、額から流れる大量の汗を拭うだけである。冬の寒さにも「さぶっ」と震えるものの、普通に起きていた。それと、一晩付き合わせたときも。どうして、あんな普通に起きれるんだろう。
 運んだ荷物を置く。何度も往復する作業があったというのに、やっぱり先輩は疲れた様子もなかった。「ふぅ」と息を吐いてるけど、それも私と比べて、である。私はちょっと、休みたい。
「なんか」
「ん?」
「もしかして、隠れてトレーニングとかしたり?」
 ただでさえ、卒業後の進路相談で『実家の手伝いをしながら剣の修行をする』と出した人だ。気付かれないよう、どこかでトレーニングをすることなんて、あるだろう。多分できる。できるはずだと思いたい。尋ねてしまうと、先輩がムッとした。口を真一文字に閉じている。どうして、ジト目でこちらを見やるのか。私は座ってて、先輩は立っている。ちょっとは、この身長差を考えてほしい。
 少し迷ったように、先輩が口を開いた。
「だったら、なんだっていうんだ」
 あっ、と声にも出してしまう。
「してたんだ。してたんですね」
「おー、わりぃか。一々いうことでもねぇだろ」
「それはそうですね」
 その辺りは個人の事情というヤツだ。無闇にプライバシーへ踏み込むべきじゃないだろう。そう返すと、先輩がムッとした。今度は不機嫌そうな視線だ。どうしろと。既に立ち去ろうとしているため、先輩の背中越しでしか確認できない。
「なんというか、トレーニング量」
「は?」
「鍛錬とか訓練とか、そういう。やってるのが変わらないのかな、って。学園にいた頃と」
 それを欠かさずやっていたとしたら、納得がいく。体力をあの頃と維持しているのだ。私も、走り込みとかランニングとか、やってみようかなぁ。近場を走ってみたり? 人に会うのが面倒臭い。なら、ジムとかどうだろう? ジムに通うお金がかかるので、余程のとき以外は却下。やっぱり、自宅でできる分が一番か。なるべく音の出ないものがいい。そういえば、先輩って音を出していないような? 少なくとも、激しい運動はしていないと思う。そういった行為をしていないとき以外は。(ヨガとか? 精神の修行)静の動きならば、音も出ない。でも、鍛えられるとしたらインナーマッスル。
 思索に深く浸かってたら、先輩がジッと見つめていたことに気付いた。なんか、さっきと変わらず顔が赤い。耳まで赤いようだが、それにしてもムスッとした顔をしている。そういえば、先輩が笑ったのっていつだっけ? こんにゃくの話やお客さんと話しているとき以外、見かけてないような気がする。
(いや、ご近所さんとも。それより)
 後者、お客さんとの場合は社交辞令として。こんにゃくとか好きな話題のとき以外は出ないのか、そっか。なんか、胸のところがズキリときた。
「なぁ、おい」
「え。なんですか」
「その、今の話だけどよ」
(あー、さっきの。ヨガとかトレーニングの)
 失礼、ヨガとかは先輩の口から出ていなかった。私の予測だ。先輩の身体がこっちに向く。私に正面を向いてるのに、目を逸らす。ポリポリと頬を掻き始めた。
「やってるっちゃぁ、やってるぜ? 空いた時間を縫ってな」
「へぇ。空いた時間を」
「おう」
「参考までに、どんな内容とか聞いても?」
 ちょっと深く踏み込んだら、先輩がジトっと睨んでくる。顔は依然、赤いままである。嫌だったか? 少し謝っておこう。
「えっと、あの」
「打ち込みとかは、してねぇ」
 あっ、意外と素直に話す。
「竹刀の素振りとかは?」
「室内でできねぇから、どっかの空き地か土手でやってる」
「よく通報されませんね」
 あっ、いっちゃった。口を隠すと、先輩がギッと睨んできた。今度は目で訴えかけてくる。いっていることは勿論「不名誉なことをいってんじゃねぇ」である。多分、言語化するとその辺りであろう。口を隠した両手を、少し緩める。
「その、不審者扱いとかされません?」
「さぁな。そこんところ、なぜか警察の世話になったことはねぇぜ。まっ、見られてねぇこともあるだろうがよ」
(本当かなぁ)
「んだ、その目は」
「いや、別に」
「なにかいいたそうだったぞ」
「あー、本当に見過ごされているのかな、と」
 もしくは許可されているのかと。そこまでいったら、先輩がきょとんとした。
「はぁ? どういうことだ、それ?」
「鏡を見たら、どうですか」
 本人の自覚がなければ、気付かない話である。先輩が瞬きを何度かする。きょとんとしたほど、先輩の目が大きく開く。白目の中の、少し灰色がかった黒い目が小さく縮む。それから元の大きさに戻って、ポカンと口を開けた。なにかに気付いたような、思い付いたような顔である。ツカツカと大股でこちらに近付いたと思いきや、グッと両手で顔を挟んできた。その力に従って、顔も上げさせられてしまう。
「心配しなくても、見向きもしないぜ?」
「それは、ちょっと、どういうことですか」
 私も人のことをいえないけど、言葉が足らないのは、どういうことである。問題がある。説明がほしい。先輩の瞳の中に、不機嫌そうな私が映る。それから視線を逸らしたら、「あー」と少し困った顔をして、先輩が唸る。パッと顔が離された。頬を触るまでに後頭部を支えられる。(あっ、これって)何度も経験した感触に、こっちも「あ」と口を開いてしまった。


<< top >>
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -