課題より自分を優先してほしいさなげやま(卒暁後大学在中)

「なんか、寒くねぇか?」
 そういって先輩が身を寄せ合おうとする。別に私はそうではない。部屋もちゃんと温かくしてるし、エアコンも節電モードから解除した。最早電気代を無視して部屋を温めるモードになっている。それを、寒いとは。論文を打つ手を止める。(寒い中、走ってきたからじゃないかな)そう思ったけど、指摘するべきだろうか? 少し考えてから、課題に戻る。無視したからか、先輩が拗ねた。
「せっかく来たってのに、俺の彼女は冷たいしよ」
「彼女でしたっけ」
「ったりめぇだろ。俺が告白したことを忘れたのかよ」
「忘れてませんよ」
 すかさず返す。すると、後ろからホワホワとした空気を感じた。照れ臭さが混じっているようではある。ジッと私を見つめたあと、ぶっきらぼうに返してくる。
「そうかよ。忘れてねぇなら、まぁ、別に」
 いいけどよ、とも小さくいってきた。唇を尖らしたようにも思える。「なぁ、千芳」と数分も経たないうちに聞いてくる。さっきまでのやり取りで足りなかったのか、先輩がギュッと身体を近付けてきた。頭を肩に乗せてくる。
「寒くねぇか?」
「別に、そこまでは」
「俺ぁ寒ぃよ。冬の寒さにやられたかってくらいに寒ぃ」
「なら、シャワー浴びます?」
 身体の芯が温まる。そう効果も添えて返すけど、先輩の希望には合わないようだ。「そうじゃねぇんだよなぁ」と拗ねたようにいわれる。なら、なんだ。人が課題を進める手を止めてまで聞いているというのに。思わずムッとしてしまう。すると、先輩が観念したように口を開いた。
「久々に会ったら、よ。イチャ付きたいじゃねぇか」
「そうですか」
 まぁ、気持ちは痛いほどわかるけど。だからといって、そんな相手をする余裕はない。
「だったら、素直に受け取るべきじゃねぇか?」
「でも、論文の提出。明日までなんですよね」
「バーッとできねぇのか? いつもみたいによ。こういうの、得意だったろ」
「意外と難産だったんですよね。思いの外、手強くて」
 根拠を説明するにも、色々と前例が要る。それを読み漁っているうちに期限が近づいたことは、いっても理解するんだろうか? ただでさえ、こういうのは得意じゃない人だし。(猿にもわかりやすいよう心掛ければ)小学生レベルにまで落とし込めたら、いやそれでも時間が掛かる。そういう時間がない、とさっき出したはずだろ。そう自分を責める。だからといって、ここまで素直になった先輩を放置するのは、気が引ける。流石に辛い。良心の呵責というものがある。
 キーボードから少し離れる。ほんの少し熟慮してから、先輩に交渉を持ち掛けた。
「あの」
「なんだよ」
「その、できたら手伝い、してくれません? その、ギュッてしてもいいので」
「は? お、おう。なにを手伝えばいいんだ?」
「その」
 ダメ元で聞いたら通ったため、見てほしい場所を指す。
「この論文でわからないところとか、あります?」
「あー、全体的にチンプンカンプンだぜ」
(ダメだ、こりゃ)
 聞く相手を間違えた。とはいえ、他に頼めることはない。部屋でゆっくりしていたら? で、こうなったし。パーッと全体的に見直す。気になる箇所を二つ三つ直してから、先輩に言い直した。
「そこまでくっつかれると、邪魔なんですが」
「勘弁してくれ。こっちぁまだ足りねぇくらいなんだぜ?」
 と言い切った途端、ギュッとしてくる。今度は腕を回してきた。どうやら、離すつもりはないのらしい。
(気持ちは、わかるけど)
 だからといって、悠長にしているわけにもいかない。甘えたい気持ちをグッと堪えて、課題に戻った。


<< top >>
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -