こんにゃくの日(たすき掛け)

 五月二十九日。今日はこんにゃくの日らしい。心なしか、先輩も張り切ってる。私は、この日を商売のチャンスだとしか思ってない。けど、先輩は特別な日だと思っているのらしい。
 腕まくりをする先輩に、私はいう。
「今日は、いっぱい売りましょうね」
「おう!」
 ふんす、と先輩は鼻息を荒げた。
 紺色の作務衣の袖を捲り、白いたすきで止める。たすき掛けだ。
 スッとたすきを口に咥え、頭を少し下げて、グルッと背中に回す。作務衣の袖を、紐にかけながら、肩から背中へ回すように。それを体の正面に戻して、反対側も同じようにやる。
 端が利き手の方に戻ったら、口に咥えた端を結ぶ。そうして時代劇で見るような、たすき掛けになった。
(サマになってるなぁ)
 ポーっと先輩の手腕に感心してたら、「ん」と先輩が手を差し出してきた。
 私は首を傾げる。
「はぁ」と聞き返す私に、先輩はちょっとだけムッとなった。
「たすき、貸せよ。お前はヘタクソだからなぁ」
「ムッ。違います。私、先輩みたいに慣れてないだけですから」
「後ろ前逆にしたやつが、よくいえるな」
 その一言に、ギクッとなる。
 なにも言い返せない。なにを隠そう、私は結構そんなミスをしているからだ。
 素直に、先輩へたすきを渡す。「ん」と先輩はまた頷いて、受け取った。
「ちょっと、頭を手の後ろにやってくれ。結ぶのに、邪魔になっから」
「ん」
 口元に来たたすきの端を、咥える。ガジガジと端を噛む。頭の後ろで手を組むついでに、後ろ髪も少し上げる。
「隠すのかぁ」
 そんな先輩の小さなぼやきがきた。けど、無視してうなじを隠す。しらーん顔だ。
「ちぇっ」と先輩は呟いて、私の脇から腕を出した。
 鍛えられた先輩の腕が、私の胸や頭の上を、行ったり来たりしている。
「触らねーよ」
「仕事前ですもんね」
 うっ、と先輩が言葉に詰まった。
 先輩が少し離れる。背中の温もりが冷め、背中でたすきが交差された。
 先輩の腕が、また両脇から現れる。両手で私の袖を後ろへやりつつ、ピンと、私の肩に向かってたすきを伸ばした。
「千芳、それ」
「ん」
 耳元で名前を呼ばれることに、少しゾクリとくる。けど、それを隠して、先輩に咥えた端を渡す。
 ごしごしと、指で濡れた端を拭う。少しだけ綺麗にしたあと、先輩に渡した。
 先輩は「ん」と返して、私の端を受け取った。
 左肩に、ちょうちょ結びができる。端を引っ張っても、ちょうちょの丸が、少しだけ小さくなるだけで、解ける心配はない。
「先輩にも、可愛らしいところがあったんですね」
「ばっ! ば、馬鹿か! なんだ、その。あー……」
 言いよどむ先輩を、盗み見る。
 先輩は、ポリポリと顎を掻きながら、天井を見上げていた。
「その、……お前も、女、だろ?」
「うん」
 えぇ、と敬語を使い忘れた。
「だからな、うぅ。くぅ……!! その、アレだ! アレ!」
「『アレ』?」
「あー……」
 単語を思い出せない先輩は、私の顔を真正面から見る。
 本当に、困った顔をしている。「アレ、アレだよ、アレ!」と、鷲掴みをするかのような両手で、私に訴えかけている。
「あぁ、柔らかいものですか?」
「あぁ、そうだよ……って! 違うわ!!」
 先輩のノリツッコミ、相変わらずだなぁ。
 先輩は俯いて、ガリガリと頭を掻く。「あー」「うー」とかの唸り声付きだ。
 やがて、悩むのをやめて、クルリと背を向けた。
「だーっ! とにかく、アレだ! アレ!! アレだから、アレにしたぞ!!」
「そうですか」
 自分でも驚くほど、冷めた声がした。
「うっ」と、痛いところを突かれたみたいに、先輩は落ち込む。
 肩を落とす先輩から、自分の肩に目を落とす。
 先輩の作ってくれた白いちょうちょに、口元が緩む。
「その、ありがとうございます」
 先輩の背中が、ピクリと動く。
「えぇっと、……可愛く、してくれて」
 自分でも、思った以上の蕩けた声が出た。
 驚いて、自分の口を隠す。
 恐る恐る先輩の方を見たら、先輩の耳も、林檎みたいに赤くなってた。
 真っ赤だ。
 私たち二人で、赤くなって、なにやってんだろう。
 そんなことを冷静に考えるが、顔の熱が引く気配がない。
 ゆっくりと、先輩の顔が、少しだけ、私の方に傾く。
「あぁ」
 照れを隠したような、先輩の温かい声に、私は仕事前だというのに、布団の中に潜り込んで、悶えたくなった。


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